最高裁判所平成25年9月4日大法廷判決(平成24年(ク)984号)遺産分割審判に対する抗告棄却決定に対する特別抗告事件
民法900条4号ただし書の規定のうち嫡出でない子の相続分を嫡出子の相続分の2分の1とする部分は憲法14条1項に違反するとして、原決定を破棄差し戻しした。
個人的には、先例としての拘束性についてふれた部分、平成13年7月には違憲となっているとしながら、その後、大法廷判決までの遺産分割について、確定しているものはその効力が覆滅しないこと明らかにしてる部分(4の部分)に興味があります。こういう違憲判決の方法があるとすると、今後、合憲判断がでている他の事案でも、社会状況の変化による違憲について、最高裁判所の躊躇がなくなるということもあるかもしれない との感想を持ちました。
1 事案の概要等
平成13年7月▲▲日に死亡したAの遺産につき、Aの嫡出である子(その代襲相続人を含む。)である相手方らが、Aの嫡出でない子である抗告人らに対し、遺産の分割の審判を申し立てた。
原審(東京高決定平成24年06月22日 平成24年(ラ)955号)は、民法900条4号ただし書の規定のうち嫡出でない子の相続分を嫡出子の相続分の2分の1とする部分(以下、この部分を「本件規定」という。)は憲法14条1項に違反しないと判断し、本件規定を適用して算出された相手方ら及び抗告人らの法定相続分を前提に、Aの遺産の分割をすべきものとした。
上告の論旨、本件規定は憲法14条1項に違反し無効である。
2 憲法14条1項適合性の判断基準
憲法14条1項は、法の下の平等を定めており、この規定が、事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものでない限り、法的な差別的取扱いを禁止する趣旨のものであると解すべき。
相続制度は、被相続人の財産を誰に、どのように承継させるかを定めるものであるが、相続制度を定めるに当たっては、それぞれの国の伝統、社会事情、国民感情なども考慮されなければならない。さらに、現在の相続制度は、家族というものをどのように考えるかということと密接に関係しているのであって、その国における婚姻ないし親子関係に対する規律、国民の意識等を離れてこれを定めることはできない。これらを総合的に考慮した上で、相続制度をどのように定めるかは、立法府の合理的な裁量判断に委ねられているものというべきである。
この事件で問われているのは、このようにして定められた相続制度全体のうち、本件規定により嫡出子と嫡出でない子との間で生ずる法定相続分に関する区別が、合理的理由のない差別的取扱いに当たるか否かということであり、立法府に与えられた上記のような裁量権を考慮しても、そのような区別をすることに合理的な根拠が認められない場合には、当該区別は、憲法14条1項に違反するものと解するのが相当である。
3 本件規定の憲法14条1項適合性
(1) 法律婚主義
現行民法は、事実婚主義を排して法律婚主義(民法739条1項)を採用。一方、相続制度については、家督相続が廃止され、配偶者及び子が相続人となることを基本とする現在の相続制度が導入されたが、家族の死亡によって開始する遺産相続に関し嫡出でない子の法定相続分を嫡出子のそれの2分の1とする規定(昭和22年民法改正前の民法1004条ただし書)は、本件規定として現行民法にも引き継がれた。
(2) 平成7年大法廷判決
最決平成7年7月5日民集49巻7号1789頁は、「民法が法律婚主義を採用している以上、法定相続分は婚姻関係にある配偶者とその子を優遇してこれを定めるが、他方、非嫡出子にも一定の法定相続分を認めてその保護を図ったものである」とし、その定めが立法府に与えられた合理的な裁量判断の限界を超えたものということはできないのであって、憲法14条1項に反するものとはいえないと判断。
(3)昭和22年民法改正以降の変遷等の概要
ア 昭和22年民法改正の経緯とその後の状況
改正の背景には、「家」制度を支えてきた家督相続は廃止されたものの、相続財産は嫡出の子孫に承継させたいとする気風や、法律婚を正当な婚姻とし、これを尊重し、保護する反面、法律婚以外の男女関係、あるいはその中で生まれた子に対する差別的な国民の意識が作用していたことがうかがわれる。また、この改正法案の国会審議においては、本件規定の憲法14条1項適合性の根拠として、嫡出でない子には相続分を認めないなど嫡出子と嫡出でない子の相続分に差異を設けていた当時の諸外国の立法例の存在が繰り返し挙げられており、現行民法に本件規定を設けるに当たり、上記諸外国の立法例が影響を与えていたことが認められる。
しかし、昭和22年民法改正以降、我が国においては、社会、経済状況の変動に伴い、婚姻や家族の実態が変化し、その在り方に対する国民の意識の変化も指摘されている。
戦後の経済の急速な発展の中で、職業生活を支える最小単位として、夫婦と一定年齢までの子どもを中心とする形態の家族が増加するとともに、高齢化の進展に伴って生存配偶者の生活の保障の必要性が高まり、子孫の生活手段としての意義が大きかった相続財産の持つ意味にも大きな変化が生じた。
さらに、昭和50年代前半頃までは減少傾向にあった嫡出でない子の出生数は、その後現在に至るまで増加傾向が続いているほか、平成期に入った後においては、いわゆる晩婚化、非婚化、少子化が進み、これに伴って中高年の未婚の子どもがその親と同居する世帯や単独世帯が増加しているとともに、離婚件数、特に未成年の子を持つ夫婦の離婚件数及び再婚件数も増加するなどしている。
これらのことから、婚姻、家族の形態が著しく多様化しており、これに伴い、婚姻、家族の在り方に対する国民の意識の多様化が大きく進んでいることが指摘されている。
イ諸外国の状況
諸外国、特に欧米諸国においては、かつては、宗教上の理由から嫡出でない子に対する差別の意識が強く、昭和22年民法改正当時は、多くの国が嫡出でない子の相続分を制限する傾向にあり、そのことが本件規定の立法に影響を与えたところである。しかし、1960年代後半(昭和40年代前半)以降、これらの国の多くで、子の権利の保護の観点から嫡出子と嫡出でない子との平等化が進み、現在、我が国以外で嫡出子と嫡出でない子の相続分に差異を設けている国は、欧米諸国にはなく、世界的にも限られた状況にある。
ウ条約批准状況
・昭和54年に「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(昭和54年条約第7号)を批准
・平成6年に「児童の権利に関する条約」(平成6年条約第2号)を批准。
これらの条約には、児童が出生によっていかなる差別も受けない旨の規定が設けられている。
自由権規約委員会、児童の権利委員会は、上記各条約の履行状況等につき、締約国に対し、意見の表明、勧告等をすることができるものとされている。我が国の嫡出でない子に関する上記各条約の履行状況等については、平成5年に自由権規約委員会が、包括的に嫡出でない子に関する差別的規定の削除を勧告し、その後、上記各委員会が、具体的に本件規定を含む国籍、戸籍及び相続における差別的規定を問題にして、懸念の表明、法改正の勧告等を繰り返してきた。最近でも、平成22年に、児童の権利委員会が、本件規定の存在を懸念する旨の見解を改めて示している。
エ我が国における法制等の変化
・平成6年に、住民基本台帳事務処理要領の一部改正(平成6年12月15日自治振第233号)が行われ、世帯主の子は、嫡出子であるか嫡出でない子であるかを区別することなく、一律に「子」と記載することとされた。
・戸籍における嫡出でない子の父母との続柄欄の記載をめぐっても、平成16年に、戸籍法施行規則の一部改正(平成16年法務省令第76号)が行われ、嫡出子と同様に「長男(長女)」等と記載することとされ、既に戸籍に記載されている嫡出でない子の父母との続柄欄の記載も、通達(平成16年11月1日付け法務省民一第3008号民事局長通達)により、当該記載を申出により上記のとおり更正することとされた。
・最判平成20年6月4日判決・民集62巻6号1367頁は、嫡出でない子の日本国籍の取得につき嫡出子と異なる取扱いを定めた国籍法3条1項の規定(平成20年法律第88号による改正前のもの)が遅くとも平成15年当時において憲法14条1項に違反していた旨を判示し、同判決を契機とする国籍法の上記改正に際しては、同年以前に日本国籍取得の届出をした嫡出でない子も日本国籍を取得し得ることとされた。
オ我が国の立法状況
・昭和54年に法務省民事局参事官室により法制審議会民法部会身分法小委員会の審議に基づくものとして公表された「相続に関する民法改正要綱試案」において、嫡出子と嫡出でない子の法定相続分を平等とする旨の案が示された。
・平成6年に同じく上記小委員会の審議に基づくものとして公表された「婚姻制度等に関する民法改正要綱試案」及びこれを更に検討した上で平成8年に法制審議会が法務大臣に答申した「民法の一部を改正する法律案要綱」において、両者の法定相続分を平等とする旨が明記された。
・平成22年にも国会への提出を目指して上記要綱と同旨の法律案が政府により準備された。
カ 本規定非改正の状況
我が国でも、嫡出子と嫡出でない子の差別的取扱いはおおむね解消されてきたが、本件規定の改正は現在においても実現されていない。その理由について考察すれば、欧米諸国の多くでは、全出生数に占める嫡出でない子の割合が著しく高く、中には50%以上に達している国もあるのとは対照的に、我が国においては、嫡出でない子の出生数が年々増加する傾向にあるとはいえ、平成23年でも2万3000人余、上記割合としては約2.2%にすぎないし、婚姻届を提出するかどうかの判断が第1子の妊娠と深く結び付いているとみられるなど、全体として嫡出でない子とすることを避けようとする傾向があること、換言すれば、家族等に関する国民の意識の多様化がいわれつつも、法律婚を尊重する意識は幅広く浸透しているとみられることが、上記理由の一つではないかと思われる。
しかし、嫡出でない子の法定相続分を嫡出子のそれの2分の1とする本件規定の合理性は、前記2及び(2)で説示したとおり、種々の要素を総合考慮し、個人の尊厳と法の下の平等を定める憲法に照らし、嫡出でない子の権利が不当に侵害されているか否かという観点から判断されるべき法的問題であり、法律婚を尊重する意識が幅広く浸透しているということや、嫡出でない子の出生数の多寡、諸外国と比較した出生割合の大小は、上記法的問題の結論に直ちに結び付くものとはいえない。
キ、ク(従来の最高裁判決の分析等)
(4) まとめ
本件規定の合理性に関連する以上のような種々の事柄の変遷等は、その中のいずれか一つを捉えて、本件規定による法定相続分の区別を不合理とすべき決定的な理由とし得るものではない。しかし、昭和22年民法改正時から現在に至るまでの間の社会の動向、我が国における家族形態の多様化やこれに伴う国民の意識の変化、諸外国の立法のすう勢及び我が国が批准した条約の内容とこれに基づき設置された委員会からの指摘、嫡出子と嫡出でない子の区別に関わる法制等の変化、更にはこれまでの当審判例における度重なる問題の指摘等を総合的に考察すれば、家族という共同体の中における個人の尊重がより明確に認識されてきたことは明らかであるといえる。そして、法律婚という制度自体は我が国に定着しているとしても、上記のような認識の変化に伴い、上記制度の下で父母が婚姻関係になかったという、子にとっては自ら選択ないし修正する余地のない事柄を理由としてその子に不利益を及ぼすことは許されず、子を個人として尊重し、その権利を保障すべきであるという考えが確立されてきているものということができる。
以上を総合すれば、遅くともAの相続が開始した平成13年7月当時においては、立法府の裁量権を考慮しても、嫡出子と嫡出でない子の法定相続分を区別する合理的な根拠は失われていたというべきである。
したがって、本件規定は、遅くとも平成13年7月当時において、憲法14条1項に違反していたものというべきである。
4 先例としての事実上の拘束性について
本決定は、本件規定が遅くとも平成13年7月当時において憲法14条1項に違反していたと判断するものであり、平成7年大法廷決定並びに前記3(3)キの小法廷判決及び小法廷決定が、それより前に相続が開始した事件についてその相続開始時点での本件規定の合憲性を肯定した判断を変更するものではない。
他方、憲法に違反する法律は原則として無効であり、その法律に基づいてされた行為の効力も否定されるべきものであることからすると、本件規定は、本決定により遅くとも平成13年7月当時において憲法14条1項に違反していたと判断される以上、本決定の先例としての事実上の拘束性により、上記当時以降は無効であることとなり、また、本件規定に基づいてされた裁判や合意の効力等も否定されることになろう。しかしながら、本件規定は、国民生活や身分関係の基本法である民法の一部を構成し、相続という日常的な現象を規律する規定であって、平成13年7月から既に約12年もの期間が経過していることからすると、その間に、本件規定の合憲性を前提として、多くの遺産の分割が行われ、更にそれを基に新たな権利関係が形成される事態が広く生じてきていることが容易に推察される。取り分け、本決定の違憲判断は、長期にわたる社会状況の変化に照らし、本件規定がその合理性を失ったことを理由として、その違憲性を当裁判所として初めて明らかにするものである。それにもかかわらず、本決定の違憲判断が、先例としての事実上の拘束性という形で既に行われた遺産の分割等の効力にも影響し、いわば解決済みの事案にも効果が及ぶとすることは、著しく法的安定性を害することになる。法的安定性は法に内在する普遍的な要請であり、当裁判所の違憲判断も、その先例としての事実上の拘束性を限定し、法的安定性の確保との調和を図ることが求められているといわなければならず、このことは、裁判において本件規定を違憲と判断することの適否という点からも問題となり得るところといえる(前記3(3)ク参照)。
以上の観点からすると、既に関係者間において裁判、合意等により確定的なものとなったといえる法律関係までをも現時点で覆すことは相当ではないが、関係者間の法律関係がそのような段階に至っていない事案であれば、本決定により違憲無効とされた本件規定の適用を排除した上で法律関係を確定的なものとするのが相当であるといえる。そして、相続の開始により法律上当然に法定相続分に応じて分割される可分債権又は可分債務については、債務者から支払を受け、又は債権者に弁済をするに当たり、法定相続分に関する規定の適用が問題となり得るものであるから、相続の開始により直ちに本件規定の定める相続分割合による分割がされたものとして法律関係が確定的なものとなったとみることは相当ではなく、その後の関係者間での裁判の終局、明示又は黙示の合意の成立等により上記規定を改めて適用する必要がない状態となったといえる場合に初めて、法律関係が確定的なものとなったとみるのが相当である。
したがって、本決定の違憲判断は、Aの相続の開始時から本決定までの間に開始された他の相続につき、本件規定を前提としてされた遺産の分割の審判その他の裁判、遺産の分割の協議その他の合意等により確定的なものとなった法律関係に影響を及ぼすものではないと解するのが相当である。
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