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2004.12.31

今日のお仕事(2004年12月25日〜29日)

2004年12月29日
午前 自宅の蛍光灯及びグローの交換
午後 事務所の机の上の整理。
夕方 依頼会社の忘年会に出席。

2004年12月28日
午前 マンション関連案件の打合せ
夕方 事務所の忘年会
この日で事務所は御用納め。
昨年の12月25日、少年の刑事事件を受任しており、どうしても家裁再送致→少年院送致をいただきたかったが、結果は実刑となってしまっていた。今年と同じく28日に行われた忘年会は、私にとっては暗く、忘年会でも年を忘れるという気分ではなかった。この判決の内容はここを参照。
そのような話しをすると 同僚のある弁護士が「昨年の事件は実刑で当然ではなかったか」と言う。そんなことを言って欲しくはない。私は少年院送致が当然と思って活動してきた。また、そうでなければ刑事裁判に弁護人はいらない。実刑が当然の事件を受け、結果が実刑でも「心」苦しくないのであれば、刑事弁護を受任すべきではないのではないかとまで思ってしまう。弁護士としての自己否定ではないかとも。いや「心」苦しい事件ゆえ 刑事事件を業務のメインにはしたくないという気持ちが強いことも間違いないが。

弁護士としての自己否定といえば、今年、更生中の会社を買収するかどうかについての法務デューデリを行う案件があった、で、更生管財人の実施した資産売却の契約中に瑕疵担保に関し、大きな責任残存する契約となっていたところ、資産評価の面では問題ないとの答え。これも弁護士としての自己否定ではないのかと不審に思った。そうかもしれないが、それでは会計士がいれば弁護士はいらないことにならないか。

近時、このような 弁護士としてのスピリッツを忘れたような言葉を聴くことが多い。
自分もときにそのような気持ちに陥ることがある。しかし、弁護士のスピリッツを忘れたのでは、弁護士の価値はない。


2004年12月27日
夕方 忘年会
この日、今月中旬からとりくんでいた強姦致傷事件が嫌疑不十分により不起訴となる。
忘年会の途中で、被疑者の親から釈放手続がすべて終わり、自由となった旨の電話が入る。
担当した勤務弁護士とともに、祝杯。
状況的に同罪が実行されたとは考えにくい案件ではあり、不起訴が当然と思っているが、逮捕直後の段階から弁護人に選任され、積極的な弁護活動を続けた成果であると考えている。被害者の調書は一応のものができていることが予想されるので、起訴されると地獄谷コースになることは当然に予想された。しかも、被疑者は事実がない以上否認しているので、無罪が立証できない場合重い刑になる可能性が高い。また性犯罪については近時厳罰主義が通例となりつつもある。はじめに接見に行き、事実がないとして否認していることを知ったときから、不起訴となるまで、胸の苦しい日々が続いた。
この事件に関しては事務所の勤務弁護士の活躍を特筆すべきである。被害者側から長い時間をかけて話しを聞くことができ、それが不起訴に繋がった。

2004年12月26日
子供のピアノ発表会
夕方 地区の成人式実行委員会に出席

2004年12月25日
休日であったが事務所に出て、資料の整理等。不要な記録などを自宅そばの倉庫に持ち帰る。

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