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2004年12月

2004.12.31

早稲田対大東文化(2004年12月26日)

早稲田49-12大東文化
私の世代には、大東文化大にはコンプレックスというか不安がある。
大学選手権決勝でだと思うのだが、めちゃめちゃにやられた記憶があるのだ。そのときのナンバー8が、今の監督のラトウ氏。

しかし、不安を吹き飛ばす、早稲田の激しい当たり。

それでも、キックがタッチを切れないと大東のトンガ人選手がこの球をとって激しくゲインしてくる。
選手権らしい良い試合と思うが勝ってこその感想か。

これで1月2日は国立で準決勝を観戦できる。

宅地建物取引業者間売買における売主の地位を非宅建業者に移転した場合の宅建業法の規制適否について

参考法令
宅地建物取引業法 33条の2、37条の2、39条乃至43条

1 問題の所在
  宅地建物取引業法は、次項に記載のとおり、宅地建物取引業者自らが売主となる取引については、特別な業務上の規制をしつつ(法33条の2、37条の2、39条乃至43条)、宅地建物取引業者間の取引については、これを除外していることから(法78条2項)、売主・買主がともに宅地建物取引業者の場合、瑕疵担保責任の免除等、宅地建物取引業法の上記の規定を配慮しない合意が可能である。しかしながら、売買契約後に、買主の地位が、賃貸オフィスビルの開発等を目的とする特定目的会社に譲渡することが予定されており、同特定目的会社が宅地建物取引業者ではない場合、新買主との間では、上記宅地建物取引業法の各規制の適用があるのではないかが問題となる。
  とりわけ、目的物である建物が、建築後相当期間を経た物件であり、契約当事者が予測していない建物の瑕疵、すなわち隠れた瑕疵があり、売主は瑕疵担保責任を免除する規定を置きたい場合に、宅地建物取引業法40条は、宅地建物取引業者を売主とし、非宅地建物取引業者を買主とする取引では、かような規定は無効とされており、かえって、民法570条の原則に戻り、発見時から1年(但し、引渡から10年の消滅時効にかかる。)の間、瑕疵担保責任を負うことになってしまうことから、問題が大きい。

2 宅地建物取引業者が自ら売主となる場合の取引の規制の概要
宅地建物取引業法は、宅地建物取引業者が自ら売主となる取引については、次の業務上の規制をしている。但し、買主が宅地建物取引業者の場合には、これらの規制の適用はない(法78条2項)。
これは、宅地建物取引について、宅地建物取引業者には、経験や知識が集積されていることから、宅地建物取引業者が売主となる売買には、買主の不利な合意となりがちなものについて、予めこれを規制して買主を保護する趣旨である。また、このような趣旨による規制であることから、宅地建物取引業者が買主の場合は、経験や知識の集積という点では、同じ立場にあることから、特に保護する必要はなく、取引の基本にもどり、このような規制をせず、当事者間の自由な意思を重視するものとしたものである。
以下、規制を列挙すると、
・自己の所有に属しない宅地又は建物の売買契約締結の制限(法33条の2)
・クーリングオフ(法37条の2)
・損害賠償額の予定等の制限(法38条)
・手附の額の制限及び解約手付の擬制(法39条)
・瑕疵担保責任についての特約の制限(法40条)
・前金の保全措置の必要(法41条・法41条の2)
・宅地又は建物の割賦販売の契約の解除等の制限(法42条)
・所有権留保等の禁止(法43条)
本件取引では、このうち、瑕疵担保責任についての特約の制限、前金の保全措置の必要が特に問題となる。

3 買主の地位の譲渡の法的性質と要件
  ある契約から生じた個々的な債権または債務だけでなく、契約当事者たる地位そのものが、包括的に第三者に移転することを契約上の地位移転または契約上の地位譲渡と言う。買主の地位譲渡は、契約上の地位譲渡の典型例である。契約上の地位譲渡は、分析的に考えるとその要素として債権譲渡の側面と免責的債務引受の要素とがあることから、当該地位譲渡当事者と地位譲受人との間の合意のみならず、相手方当事者の同意が必要とされる。
  従って、本件買主の地位譲渡にも、買主と同地位譲受人である特定目的会社との合意のみならず、売主の同意が要件となる。

4 買主の地位譲渡の結果、非宅建業者が「買主」となった場合、2項?@乃至?Fの規制を受けることになるのか?
(1)形式的面での検討
  a 買主の地位譲渡の結果、買主は非宅建業者となる。→規制を受けるという考え方に傾く事情。
  b 売買契約締結時には、買主は宅建業者であり、買主の地位が移転するのは、その後の事象である。→規制を受けないという考え方に傾く事情。
  c 買主の地位譲渡のためには、売主の同意が必要であるが、同意は、売買契約そのものとは異なり、宅建業法が規制している「自ら売主となる契約の締結」とは異なる法律行為である。→規制を受けないという考え方に傾く事情。
(2)実質面での検討
  d 買主の地位譲渡により、あくまで非宅建業者が買主となるのであるから、その者の保護が必要である。→規制を受けるという考え方に傾く事情。
  e 買主の地位は、原買主との契約で移転するのであり、その保護の要否も原買主との間で図れば足りる。→規制を受けないという考え方に傾く事情。
  f 買主の地位譲渡の同意は、原契約の中で、売主の義務とすることが考えられるが、業者買主との契約であることから、規制を受けないこととしていたのに、この原買主が契約した新買主が業者ではなかった場合でも売主の義務として同意せざるを得ず、その結果、売主に対する規制の内容が変ってしまうと売主の責任が自らコントロールできない事情で重くなってしまう。反面、それを嫌って同意を拒否すると、債務不履行となってしまうので、同意は拒否できない。→規制を受けないという考え方に傾く事情。
  h 実質は、転売と同様であるが、転売の場合に、原売主は、転売先に対して、宅地建物取引業者としての責任は負わない。→規制を受けないという考え方に傾く事情。

(3)比較衡量
   (1)(2)の各問題点を総合すると、新買主が非宅地建物取引業者の場合でも、原買主が宅地建物取引業者の場合には、売主との関係では、宅地建物取引業者間の取引であるとみて、法33条の2、37条の2乃至43条の規制は受けないとする解釈が、妥当であると考える。

5 結論   以上のとおり、宅地建物取引業法の宅地建物取引業者売主の規定の適否につき、業者間取引として考えればよいといえそうである。但し、この点について、解釈に争いのでることをも考えると、特に問題となる瑕疵担保責任について、確認的な覚書を作成するべきである。
                                                               以 上


今日のお仕事(2004年12月25日〜29日)

2004年12月29日
午前 自宅の蛍光灯及びグローの交換
午後 事務所の机の上の整理。
夕方 依頼会社の忘年会に出席。

2004年12月28日
午前 マンション関連案件の打合せ
夕方 事務所の忘年会
この日で事務所は御用納め。
昨年の12月25日、少年の刑事事件を受任しており、どうしても家裁再送致→少年院送致をいただきたかったが、結果は実刑となってしまっていた。今年と同じく28日に行われた忘年会は、私にとっては暗く、忘年会でも年を忘れるという気分ではなかった。この判決の内容はここを参照。
そのような話しをすると 同僚のある弁護士が「昨年の事件は実刑で当然ではなかったか」と言う。そんなことを言って欲しくはない。私は少年院送致が当然と思って活動してきた。また、そうでなければ刑事裁判に弁護人はいらない。実刑が当然の事件を受け、結果が実刑でも「心」苦しくないのであれば、刑事弁護を受任すべきではないのではないかとまで思ってしまう。弁護士としての自己否定ではないかとも。いや「心」苦しい事件ゆえ 刑事事件を業務のメインにはしたくないという気持ちが強いことも間違いないが。

弁護士としての自己否定といえば、今年、更生中の会社を買収するかどうかについての法務デューデリを行う案件があった、で、更生管財人の実施した資産売却の契約中に瑕疵担保に関し、大きな責任残存する契約となっていたところ、資産評価の面では問題ないとの答え。これも弁護士としての自己否定ではないのかと不審に思った。そうかもしれないが、それでは会計士がいれば弁護士はいらないことにならないか。

近時、このような 弁護士としてのスピリッツを忘れたような言葉を聴くことが多い。
自分もときにそのような気持ちに陥ることがある。しかし、弁護士のスピリッツを忘れたのでは、弁護士の価値はない。


2004年12月27日
夕方 忘年会
この日、今月中旬からとりくんでいた強姦致傷事件が嫌疑不十分により不起訴となる。
忘年会の途中で、被疑者の親から釈放手続がすべて終わり、自由となった旨の電話が入る。
担当した勤務弁護士とともに、祝杯。
状況的に同罪が実行されたとは考えにくい案件ではあり、不起訴が当然と思っているが、逮捕直後の段階から弁護人に選任され、積極的な弁護活動を続けた成果であると考えている。被害者の調書は一応のものができていることが予想されるので、起訴されると地獄谷コースになることは当然に予想された。しかも、被疑者は事実がない以上否認しているので、無罪が立証できない場合重い刑になる可能性が高い。また性犯罪については近時厳罰主義が通例となりつつもある。はじめに接見に行き、事実がないとして否認していることを知ったときから、不起訴となるまで、胸の苦しい日々が続いた。
この事件に関しては事務所の勤務弁護士の活躍を特筆すべきである。被害者側から長い時間をかけて話しを聞くことができ、それが不起訴に繋がった。

2004年12月26日
子供のピアノ発表会
夕方 地区の成人式実行委員会に出席

2004年12月25日
休日であったが事務所に出て、資料の整理等。不要な記録などを自宅そばの倉庫に持ち帰る。

今日のお仕事(2004年12月13日〜24日)

2004年12月24日
朝 破産事件申立
東京地方裁判所は、自己破産については申立日のうちに裁判官面接をしてもらえ、処理が迅速。
朝 強姦致傷事件についての検察官との協議
午前 法務研究財団の判例選択会議
午後 清算中の金融機関関連
午後 損害賠償事件関係の打合せ
夕方 所有権抹消登記手続請求事件についての和解調書交付及び原本返還


2004年12月23日
午前 損害賠償請求事件 打合せ
午後 刑事事件の被害者との交渉

2004年12月22日
午前 離婚事件 本人尋問
大幅に予定時間を超過!
午後 刑事事件の判決 執行猶予
夕方 法務研究財団忘年会


2004年12月21日
朝 事件についての裁判所との協議
午前 個人の破産事件の免責審問期日
午後 不正競争防止法事件の打合せ
夜  ベンチャーサポート研究会
夜  刑事事件の被害者側との交渉

2004年12月20日
午前 損害賠償請求事件
午後 マンション関連の相談
夜   家族とバレエ鑑賞(くるみ割り人形)

2004年12月18日
午前 経営者会議
午後 地区の青少年委員の会議

2004年12月17日
請負代金請求事件で、地方へ出張。
とある駅で、別件の依頼会社の役員とばったり出会う。奇遇。

2004年12月16日
午前午後 司法委員
夕方 遺産分割事件打合せ

2004年12月15日
午前午後
離婚事件の証人尋問 本人尋問
夕方 刑事事件関連で警察署へ
近時(とくにこの12月)刑事事件が多い。

2004年12月14日
PTA連合会関係
地区の研修会


2004年12月13日
午前 所有権移転登記抹消登記手続等請求事件についての弁論準備(和解成立)
午後 東京弁護士会のあっせん仲裁
1時間程度のつもりが終わらない!
結局、午後2時30分に打合せを予定していたK先生を4時まで待たせることになってしまった。本当に申し訳ないことをしてしまった。
夕方 請負代金請求事件についての打合せ

2004.12.30

今日のお仕事(2004年12月1日〜11日)

2004年12月11日
PTAのもちつき大会


2004年12月10日
午前 損害賠償事件相手方代理人との協議
午後 交通事故示談あっせん
午後 健康診断
夕方 刑事事件公判
夜  依頼者と忘年会


2004年12月9日
午前午後 司法委員
午後  所有権の範囲確認事件
夕方  損害賠償事件打合せ
夕方  刑事事件打合せ
夜    舞踏家の依頼者の舞踏公演を鑑賞

2004年12月8日
午前 日弁連交通事故相談センターの相談
午後 こどもの発表会
夜   離婚事件打合せ(子供の奪い合い案件)


2004年12月7日
午前 個人の破産者の免責審問期日
午後 夫婦関係調整事件
夕方 刑事事件について被疑者と接見
夜   依頼者と忘年会

2004年12月6日
午前 清算中の金融機関の仕事
午後 簡裁立ち寄り
夕方 PTA歴代本部・校長の懇親会

2004年12月3日
午前 報酬請求事件打合せ
午後 抹消登記手続請求事件弁論準備(和解成立)
夕方 夫婦関係調整事件打合せ
夜   離婚事件打合せ

2004年12月2日
午前 個人の破産者の免責審問期日
午後 土地明渡事件打合せ
夜   依頼者と観劇

2004年12月1日
午前 PTA理事会
午後 デスクワーク
夜   事務所会議

今日のお仕事(2004年11月24日〜30日)

11月下旬から12月下旬にかけて予想外に忙しくなってしまった。このブログの更新もそのままとなり、今日(12月30日)を迎えてしまった。昨日、とある忘年会で、更新していないことが話題となってしまい、「いやー忙しくて」としか答えられなかった。とりあえず、11月末まで分をまとめて、記述してみる。

2004年11月30日
午前 損害賠償事件弁論
午後 司法委員


2004年11月29日
午前 個人の自己破産申立事件打合せ
昼   マンション関連事件の打合せ
午後 個人の自己破産申立事件


2004年11月28日
PTA関連 ビーチボールバレー大会の応援

2004年11月27日
午前 損害賠償事情聴取

2004年11月26日
午前 建物明渡等請求事件弁論
午後 法務研究財団の法務速報の会議
夕方 不正競争防止法事件の弁論準備
夜   損害賠償案件の事務所内打合せ


2004年11月24日
朝 PTA関連
午後 清算中の金融機関の案件
午後 PTA会計監査
夕方 ベンチャーの取締役会に出席

2004年11月23日
朝   PTAの本部会議
午後  損害賠償案件の相談
午後  不正競争防止法案件の打合せ
夕方  依頼者と懇親会(実質忘年会) 

早稲田対流通経済大(2004年12月19日)

早稲田84-13流通経済大

この日は、仕事の方が忙しく、キックオフには間に合わない。また、ハーフタイムには打合せの電話をしているような状態。12月になってから、よいことかどうか めっぽう忙しく、私の仕事の公開(守秘義務に反しない範囲での)である「今日のお仕事」も、ラグビー観戦記もほとんど書けない状態が続いていた。
昨日(12月29日)、とある忘年会で、依頼会社の課長さんから、「最近ブログが更新していませんね。」と言われてしまう次第。いやみていてくださる方もいるのか と思うと書いている意味もあるのかとも思う。他方、事務所の某弁護士からは自己満足に過ぎない等の批判をされている(この批判は当たっていると思う。)が。

さて試合の方だが、冒頭に書いたように、キックオフには間に合わず、秩父宮に着いたのは、既に20分近く経っていた時間帯だったと思う。驚いたことに、結構競った試合になっていた。

早稲田ラグビーフアンの私としては、圧倒して欲しかったのだが。

ともあれ、試合は早稲田の勝利。
選手権1回戦をクリアし、次は、大東大との2回戦。

早稲田対明治(2004年12月5日)

早稲田49-19明治


前日の試合前練習も観にいく。
フッカーの青木君の家族もきていた(他の選手の家族もきていたのとは思いますが、たまたま青木君のご両親だけ、秩父宮で顔見知りとなっている。)。ご両親としては、心配なんだろう。

国立競技場は、ほぼ満席。チケット購入も昔ほどではないものの、昨年よりは人気があるのか、良い席をとることはできなかった。でも、国立競技場での観戦は、見る方も気持ちが盛り上がる。

12月というのに、暑い。
そして、強い風。

前半、風上に立った早稲田は、風を利用しようとしたのか、キックをする場面が目に付いたがそれほど有効とは思えなかった。しかし、先行して前半終了。そして、後半突き離し。

最近、8番(佐々木君)→9番(後藤君)のパスが冴える。
そして五郎丸のゴールキック。決まる決まる。

対抗戦4連覇。私が学生の頃はちょっと考えられない。当時 明治に勝つ ということがとてつもなく難しかった。
今は、勝って当たり前のような気持ちで観戦するようになってしまっている。しかし、早明戦となると明治は違う。

早明戦でいつもは気になる明治の学生の応援も今年は気にならない。より紳士的になったのか、早稲田が強いゆえの余裕か。


早稲田対慶應(2004年11月23日)

早稲田73-17慶應

早稲田の圧勝。
ただ、前半52点とった割りには、後半点が延びなかったと感ずるのは贅沢な悩みか。

後藤→小吹のキックパスは、かっこよかった。
五郎丸のゴールキックは冴えていたが、敵に蹴りこまれたときのフルバックとしての処理が気になる。

しかし、そんな細かなことよりも 慶應に勝ったことがうれしい。

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