新現代の借地・借家法務 第12回 原状回復と民法改正
前回に引き続き、建物賃貸借終了時の原状回復について、今回は本年4月に施行された改正民法との関係をお話しします。
民法改正と賃貸借
今回の民法改正は、取引関係の基礎である契約関係の規定を中心になされました。社会経済の変化に対応するため、確立された判例やルールを条文化したり、国民一般にとってのわかり安さの向上をはかるなどを行ったものです。賃貸借で関係の深いのは、保証に関連する部分や賃借物件が使用収益できない場合の賃料の減額など多数ありますが、原状回復の範囲についてお話したいと思います。
民法改正と原状回復の範囲
改正前民法には、建物明渡時の原状回復の範囲についての規定はなく、前回ご説明しましたとおり、判例や国土交通省のガイドライン、東京都の条例、ガイドラインなどを参考に考えてきていました。改正民法では、まず、原状回復の範囲について、賃借人は、賃借物に生じた損傷がある場合は、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負うとの規定がおかれました。なお、ここに損傷のうち、通常の使用収益によって生じた損耗及び経年変化を除くものと明示されています。この規定は、いわゆる任意規定とされ、この規定と異なる合意を当事者間ですることができるものとされています。この点、従前から国土交通省のガイドラインや東京都の条例やガイドラインが存在しており、内容はほぼ同じです。では、変更ないのかというと、ルールが明文されたことで、これに反する合意がされ、通常の使用収益によって生じた損傷や経年変化も賃借人の負担とする合意をした場合、賃借人が個人の場合には、消費者契約法上、無効となる場合が出てくることになります。
消費者契約法10条は、事業者と消費者の契約について、法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、信義誠実の原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とするものとしています。賃貸経営をされている方は事業者といえ、また個人で住宅を借りている賃借人は消費者にあたりますので、原状回復の規定が民法の規定に入ることによって、これよりも賃借人の義務を重くする原状回復条項は、もし、信義誠実の原則に反して賃借人の利益を害するときは、無効とされることになります。この点、国土交通省のガイドラインや東京都のガイドラインに従っている場合には、信義誠実の原則に反すると言われる可能性は低いと思われます。
17年判決との関係
では、前回ご説明した、最高裁判所平成17年12月16日判決で、一定の条件の下、通常損耗を賃借人負担とする合意を有効としていたこととの関係はどうなりますでしょうか。同判決は、「建物の賃借人に通常損耗についての原状回復義務を負わせるには、少なくとも賃借人が補修費用を負担することとなる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約(以下「通常損耗補修特約」という。)が明確に合意されていることが必要である。」としており、通常損耗補修特約が明確に合意されていることを条件としていました。私は、この判決のいう「具体的明記」が、信義誠実の原則に反しないとされるためのポイントになるのではと考えます。抽象的な記載しかなく、いざ明渡し時に賃借人の負担であると言われるのでは不意打ちになり、これでは当事者間の信義誠実の原則に合致しているとは言いがたいと思われます。ただ、信義誠実の原則自体も広い概念ですので、今後の裁判例に注意する必要があります。
まとめ・実務的な対応方法
この他、改正民法は、敷金について、いかなる名目によるかを問わず、賃料その他の賃借人の賃貸人に対する金銭債務の給付を目的とする債務を担保する目的で賃借人が賃貸人に交付する金銭を言うものとし、賃貸人は、敷金を受け取っている場合において、賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならないとしていることも注意を要します。もっとも、いずれも従前の実務と大きくは変わりません。
以上、改正民法の原状回復に関連する規定を紹介しました。
一年にわたり、賃貸借をめぐる判例を中心に解説して参りましたがいかがでしたでしょうか。皆様の賃貸経営実務の中で、すこしでも参考になれば幸いです。
追記 この文章は、平成29年に原案を書いたものでしたので、すでに改正民法が施行されていることから、直しました。
また、この間、事業者賃借人の依頼で明渡対応をした際に賃貸人側代理人(弁護士)から、ガイドラインや平成17年判決は、住居系のみとの意見をいただいたことがありました。改正前民法下でもその考え方は誤っていると思いますが、改正民法で、原状回復の範囲が明示されましたので、住居系・事業系問わず、通常損耗や経年劣化部分は原状回復の範囲外であることが明らかとなり、上記のような意見の余地はなくなったと考えています。
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