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2020.04.26

新現代の借地・借家法務 第11回 原状回復

今回と次回は、建物賃貸借終了時にとりわけ敷金をめぐり問題となる原状回復について、お話したいと思います。

原状回復における通常損耗負担特約の有効性

従前から、賃貸借契約終了時の原状回復については、主に敷金返還請求との関係で、争いが生じており、国土交通省では平成10年に「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を定め(平成16年と平成23年に改訂)、東京都などでも平成16年には、賃貸住宅紛争防止条例と「賃貸住宅トラブル防止ガイドライン」を定め、通常損耗については、その原状回復費用を賃貸人負担とすることを明らかにしてきました。また、最高裁判所平成17年12月16日判決(以下「17年判決」と言います。)は、「建物の賃借人に通常損耗についての原状回復義務を負わせるには、少なくとも賃借人が補修費用を負担することとなる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約(以下「通常損耗補修特約」という。)が明確に合意されていることが必要である。」としています。17年判決は、原状回復に関する通常損耗特約そのものを無効とするのではなく、特約が明確に合意されていることが必要としたものです。そこで、以下では、ハウスクリーニングを賃借人負担とする特約(以下「ハウスクリーニング特約」といいます。)を例にとり、これを有効とした判決と無効とした判決をみてみましょう。

ハウスクリーニング特約有効事例 

東京地裁平成21年9月18日判決は、賃貸借契約書の「賃借人が、契約終了時にハウスクリーニング費用2万5000円(消費税別)を賃貸人に支払う旨の記載」や「説明書」に「ハウスクリーニング費用として2万5000円(消費税別)を賃借人が支払うことが説明されていること」を指摘し、また、契約締結の仲介人の事前の口頭説明を認め、かつ、「ハウスクリーニング」という文言は、一般に、専門業者による住宅の清掃作業を意味するということを認定して、「本件契約書等の記載によれば、ハウスクリーニングの内容として、個別具体的な清掃内容までの特定がないとしても、本件貸室を対象として、料金約2万5000円程度の専門業者による清掃を行うことが明らかであるということができる。」「そうであれば、本件賃貸借契約においては、契約終了時に、本件貸室の汚損の有無及び程度を問わず、控訴人が専門業者による清掃を実施し、被控訴人は、その費用として2万5000円(消費税別)を負担する旨の特約が明確に合意されているものということができ、本件賃貸借契約において清掃費用負担特約の合意が成立しているというべきである。」としています。

ハウスクリーニング特約無効事例

これに対して、東京地裁平成25年7月18日判決は、次のようにハウスクリーニング特約を無効としました。特約事項について「退室時の貸主指定の専門業者によるハウスクリーニング代は借主が負担するものとする。(冷暖房等の設備も含む)」と記載があり、説明書には,契約書同様の記載と「本契約では,借主の負担は原則どおりです。すなわち,経年変化及び通常の使用による住宅の損耗等の復旧については,借主はその費用を負担しませんが,退去の時,借主の故意・過失や通常の使用方法に反する使用など,借主の責めに帰すべき事由による住宅の損耗等があれば,その復旧費用を負担することになります。」との記載があることを認めた上で、「負担すべきハウスクリーニングや原状回復の範囲等について包括的に定めるにとどまり,その範囲が具体的に明らかにされておらず,これが通常損耗を含む趣旨であることが一義的に明白であるとはいえず,賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が具体的に明記されているとはいえない。」等として、「通常損耗補修特約が具体的に明記されているものとは認められない」としました。その結果、敷金からハウスクリーニング代を差し引くことを否定しました。

まとめ・実務的な対応方法

以上、原状回復をめぐる最高裁判決を紹介し、ハウスクリーニング特約の有効、無効の二つの判決をご紹介しました。有効例は、ハウスクリーニング代について金額を特定していたことが大きな特徴です。無効例では、包括的な記述しかなく、賃借人にとり、予めどの程度になるのか不明な契約をしたことになりました。実務的にも、賃借人が負担する原状回復の項目と費用をできるだけ具体化することにより、平成17年判決の立場にも合致することになります。今後の賃貸借契約締結時に是非参考にしていただきたいと思います。次回は、消費者契約法との関係や改正民法との関係にふれたいと思います。

補追

原状回復については、紙幅の関係で原稿執筆当時は未施行だった令和2年4月1日の改正民法にふれていませんでした。民法は、新たに原状回復の範囲に関する次の規定をおきました。すなわち

(賃借人の原状回復義務)

第621条 賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
としました。この括弧書内、「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化」が原状回復の範囲から明示的に除かれたことは、判例の立場を明示するとともに、賃貸「住宅」に限らず、広く賃貸借一般の原状回復ルールが明示されたことになりますので、注意を要します。
改正民法と原状回復との関係は、第12回で詳しく述べます。

 

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