21気になる判例平成21年

2012.11.25

ETCレーンでの交通事故

平成24年11月22日に 大阪弁護士会交通事故委員会と(公財)日弁連交通事故相談センター東京支部の懇談会がありました。
その際に、東京側からのテーマが ETCレーンでの交通事故で 当職が発表しました。大阪の先生方には大変にお世話になりました。

レジュメ自体は、同支部発行の赤い本平成25年版に掲載される予定のものと基本的には変わらないことから、発表の際に 例示した 東京と大阪の二つの裁判例のみ ブログに紹介しておきます。

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進行方向←     ETCバー ←先行車(A)  ←後続車(B)        


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以上のような、ETC専用レーンでの追突事故の事例で、先行車にETCカードの入れ忘れがあった場合過失割合が論点です。


先行車側に過失を認める裁判例
東京地判平成21年11月5日交民42巻6号1464頁
A 時速20㎞で走行 ETCカード挿入忘れ
B 時速20から30㎞で走行
① ETCシステム利用規程 8条 1項
  1号 20㎞以下で進入
  2号 ETC車線内徐行
  3号 車間距離保持
② 実施細則 ETC車線内で前車が停車した場合、開 閉棒が開かない若しくは閉じる場合その他通行するにあたり安全が確保できない事象が生じた場合であって も、前車又は開閉棒その他の設備に衝突しないように安全に停止できる速度で走行してください

③ ETC車線を通行しようとする車両の運転者は、何らかの不具合等により開閉棒が開かず、そのため前車が停車することがあり得ることを予見し、そのような場合でも、前車に衝突しないで停止できるよう、前車との車間距離を十分にとって徐行すべき義務があるというべきである。

④ (後続車の基本過失) Bは、時速20から30㎞でETC車線を走行し、次第に前車のA車との車間距離が縮まっていき、やがてA車が開閉棒の直前で停止したのを見て、ブレーキを踏んだが間に合わなかったというものであるから、Bには、減速義務違反又は車間距離保持義務違反の過失がある。

⑤ (先行車の過失) A車を運転していた乙は、不注意によりETCカードを挿入し忘れ、そのために開閉棒が開かなかったことが推認されるところ、ETC車線を進行しようとする者はETCカードを挿入して進行しなければならないのであるから乙にはETCカードの挿入を怠った過失がある。

⑥ 過失割合 先行車20%:後続車80%


先行車側の過失を認めない裁判例
大阪地判平成22年4月22日交民43巻2号539頁
A 時速20から30㎞で走行 ETCカード挿入忘れ 
B 相当の高速度
ETCシステム利用規程 8条1項
  1号 20㎞以下で進入
  2号 ETC車線内徐行
  3号 車間距離保持
② 実施細則 ETC車線内で前車が停車した場合、開閉棒が開かない若しくは閉じる場合その他通行するにあたり安全が確保できない事象が生じた場合であっても、前車又は開閉棒その他の設備に衝突しないように安全に停止できる速度で走行してください
 この内容がETCシステム利用者の注意義務の内容を構成

② ETCゲートを通過しようとする車両運転者には、開閉バーが開かないために前車が仮に急停止した場合であっても、これに追突しないような措置を講ずべき注意義務が課されている。
③ 開閉バーが上がらなかった原因が本件のようにETCカードの挿入忘れにあったとしても、追突した後車側の過失割合が10割と認めるのが相当である。

④ 過失割合 先行車0%:後続車100%

大阪地裁の事例では先行車が停止してから後続車が衝突するまで時間的に間があったようであり、東京地裁の事案とは微妙に異なるようにも思われました。
東京地裁の判決も大阪地裁の判決も、基本過失は後続車にあるとしつつ、挿入忘れ等がある場合に修正するのかとい点で異なる結論としたという内容でした。

2010.11.02

借家契約の更新料条項の有効性を否定した例(大阪高裁判決)その2

昨年の夏、大阪高等裁判所は借地契約の更新料条項の有効性を否定し、有効性を認めていた原審を逆転させて、更新料返還請求を認容する判決をなした。
その後、さらに、既に、紹介した 更新料有効性肯定判決と更新料有効性否定判決がいずれも大阪高等裁判所からなされており、最高裁判所の判決がまたれる。

すなわち
大阪高判平成21年8月27日判時 2062号40頁は、
次のように判示して、建物賃貸借契約を更新する際、1年毎に10万円の更新料を支払う旨の条項が、消費者契約法10条に反し無効であるとして、これを有効とした一審判決(京都地判平成20年1月30日判時2015号94頁)を取り消した。

同判決は、まず更新料の法的性質として、被控訴人(賃貸人)が主張する、①更新拒絶権放棄の対価、②賃借権強化の対価、③賃料の補充の性質 のいずれについてもこれを否定した結果、法的説明が容易にできない対価性のないものとした。その上で、民法601条にの賃貸借契約の基本的内容には含まれないことが明らかであるとし、本件賃貸借契約において附款として定められた,更新の際に支払われる対価性の乏しい給付というべきであるから,本件更新料約定は,民法の任意規定の適用される場合に比して賃借人の義務を加重する特約であるということができるとして、更新料約定は,消費者契約法10条前段に該当するとした。
そして、同条後段該当性については、賃料に対して1年毎の更新料の高額性、賃貸人賃借人の間の情報収集力の差、法定更新制度を知らずに更新料契約をさせている点、などかこれを認め、また、中心条項性を否定した。
以上により、更新料契約を無効としたものである。
以下、判示を抜粋する。

(判示)
1  更新料の法的性質
 ①更新拒絶権放棄の対価(紛争解決金)の性質について
「ア 不動産賃貸業者である被控訴人がその事業の一環として行う本件賃貸借契約のように,専ら他人に賃貸する目的で建築された居住用物件の賃貸借契約においては,もともと賃貸人は,賃料収入を期待して契約を締結しているため,建替えが目論まれる場合など頻度の少ない例外的事態を除けばそもそも更新拒絶をすることは想定しにくく,賃借人も,更新拒絶があり得ることは予測していないのが普通の事態であるというべきである。
そして,仮に例外的な事態として賃貸人が更新拒絶をしたとしても,建物の賃貸人は,正当事由があると認められる場合でなければ,建物賃貸借契約の更新拒絶をすることができず(借地借家法28条),賃貸人の自己使用の必要性は乏しいため,通常は更新拒絶の正当事由は認められないと考えることができるから,更新料が一般的に賃貸人による更新拒絶権放棄の対価の性質を持つと説明することは,困難である。
とりわけ,被控訴人の側から可能な更新拒絶の申出期間は期間満了時の1年前から6か月前までである(借地借家法26条1項,30条)のに対し,本件賃貸借契約においては,契約期間が1年という短期間でしかない。したがって,仮に更新料が更新拒絶権放棄の対価であるとすると,賃借人である控訴人の得られる更新拒絶権放棄の利益は契約期間の半分であるわずか6か月しかないことになり,控訴人はこのような短期間にもともと現実化する確率の極めて小さな更新拒絶という危険を放棄するという実に些少な利益のために10万円という些少とはいえない対価を支払うことを肯んじることになるが,そのようなことはまずあり得ないから,なおさら説明困難というべきである。

イ その上,本件契約条項は,第21条において,被控訴人,控訴人が賃貸借期間の満了時から各自につき一定期間内に更新拒絶の申出をしない限り,当然に契約が更新されることを定め,なお書きにおいて,その場合には控訴人に更新料の支払を義務付けている。弁論の全趣旨によれば,本件契約条項は,当初本件賃貸借契約においてはもちろんのこと,これを引用する本件更新契約においても,被控訴人の側が検討してあらかじめ作成したいわゆる約款であることは明らかであり,控訴人との交渉を経ないで被控訴人の側により自由に定められたものである。
本件契約条項の定め方においても,被控訴人による更新拒絶権放棄の意思表示は,更新の要件とされていないのはもちろん,更新料の支払義務発生の要件ともされていないことが明らかである。また,約款の規定上,控訴人が更新料を支払った効果として更新拒絶権放棄が定められてもいない。
本件契約条項の上記のような文言に照らすと,被控訴人も,当初本件賃貸借契約時及び本件更新契約時を通じて,本件賃貸借契約において更新料が更新拒絶権放棄の対価であるとは考えていなかったことを見て取ることができる。

ウ 被控訴人は,更新料の支払による更新が予測される場合には,賃貸人は,更新拒絶の有無を検討することなく更新に応じており,更新料は,その支払いを約することにより,画一的に更新拒絶権行使に伴う紛争を回避する目的もあると主張する。
しかしながら,一般的に,建物の賃貸借とりわけ前述の居住用賃貸建物の賃貸借契約においては,賃貸人が更新拒絶する事態は例外的な場合を除いてあり得ないことに属し,本件更新料約定のような特約の有無にかかわらず,契約の更新をめぐって賃貸人と賃借人との間で当然に紛争が予想されるということはできないし,少なくとも,本件全証拠を精査しても,賃借人である控訴人が被控訴人との間で将来更新拒絶をめぐる紛争が発生することを予見し,そのことを回避することを認識して当初本件賃貸借契約及び本件更新契約に臨んだことは全く認められない。また,被控訴人の主張するように,近時賃貸物件の供給過剰状態が続いているとすれば,賃貸借契約の更新がされないことによる危険は,賃貸人も,賃借人以上に又は少なくとも賃借人と同様に負うのが自然の流れであるから,その危険は対等に負担されるのが相当であり(消費者契約法の下では,情報格差等を是正した上で契約当事者が真に対等な関係の下で自由な意思形成をし契約が締結されることにより,市場メカニズムが機能し,効率的で合理的な取引がされることが目指されているのであるから,このことは,特に強調されるべきである。),賃貸人のみが更新拒絶権放棄の対価として更新料を取得すべき理由はないというべきである。

エ なお,現実に更新拒絶の正当事由(少なくともそれに該当すると契約当事者が考えるのも無理からぬ事由)が存在すれば,その後の更新料の支払が,更新拒絶権放棄の対価と評価できる場合もあり得ないではないと考えられる。しかし,本件では,全証拠によっても,そのような事由の存在は認められない。」

②賃借権強化の対価の性質について
「ア 確かに,被控訴人と控訴人との間で本件更新料が授受されることにより賃貸借契約の合意更新が行われて,更新後も期間の定めのある賃貸借契約となるとすれば,控訴人は,契約期間の満了までは明渡を求められることがない。これに対し,法定更新の場合には,更新後の賃貸借契約は,期間の定めのないものとなり(借地借家法26条1項),賃貸人は正当事由がある限り,いつでも解約を申し入れることができることとなるから,抽象的には,その限度で賃借人の立場は不安定なものとなる。したがって,更新料を支払って合意更新することには,期間の定めのある賃貸借契約とすることができ,一応,賃借人にとって利益が存することになる。また,被控訴人が更新拒絶権を行使した場合には,正当事由の存否の判断に当たり,従前本件更新料の授受がされていることが考慮されると考えられる。
そうすると,一見すると,本件賃貸借契約における更新料は,賃借権強化の性質を有すると見えなくもない(もっとも,契約期間の定めがあっても,賃借人からは解約の申入れをすることができると解されるものの,仮に,これを消極に解する余地があるのならば,本件更新料の授受により期間が定められることは,そもそも賃借人の地位ひいては賃借権の強化とはならないことになりかねない。)
イ しかしながら,前述のとおり,本件賃貸借契約においては,契約期間が1年間という借地借家法上認められる最短期間であって,合意更新により解約申入れが制限されることにより賃借権が強化される程度はほとんど無視してよいのに近い。また,前述の更新拒絶の場合と同様に,本件賃貸借契約のように専ら他人に賃貸する目的で建築された居住用物件の賃貸借契約においては,通常は賃貸人からの解約申入れの正当事由は認められないと考えられる。
したがって,本件更新料を評して賃借権強化の対価として説明することも,難しいというべきである。
なお,この場合も,更新拒絶の正当事由(少なくとも契約当事者がそれがあると考えるのも無理からぬ事由)があるとして更新拒絶権が行使され,あるいは,将来解約申入れの正当事由(少なくとも契約当事者がそれがあると考えるのも無理からぬ事由)が発生すると契約当事者が予測して,更新料が支払われた場合は,それが賃借権強化の対価として理解する余地がないではない。しかし,本件においては,それらの事情を認めるに足りる証拠はない。」

③賃料の補充の性質について
「ア 前記1の認定事実及び前記第3の2の争いのない事実等と弁論の全趣旨によれば,契約期間は当初本件賃貸借契約においても本件更新契約後もいずれも1年間(約1年間を含む。)とされ,家賃(共益費,水道代を含む。)が1か月4万5000円と定められ毎月末日までに翌月分を支払うこととされているのに対し,本件更新料は,契約更新がされたときに当然に10万円を支払うこととされていること,本件賃貸借契約には,賃借人が本件更新料が支払われた後契約期間満了前に退去した場合に未経過期間分に相当する額の精算をする規定はなく,被控訴人も,そのような精算をする意思は全くないこと,本件賃貸借契約には,被控訴人は,契約期間中においても家賃,共益費の増額変更請求権が明記されているにもかかわらず,本件更新料についてはそのような規定はなく,被控訴人も控訴人のいずれも,当初本件賃貸借契約締結時及び本件更新契約時を通じて,本件更新料については変更がされ得るとは認識していなかったことが認められる。
ここで,当然のこととして,本件更新料は,本件賃貸借契約が更新されないときに授受されることはないから,後払いされる賃料の性質を持たないことは明白である。
そして,本件賃貸借契約においては,更新が繰り返されても,あるいは事情の変化があっても,本件更新料は,家賃とは異なり基本的に10万円の定額のままで変更することが予定されておらず,したがって,家賃の増減と連動することがなく,また,現実に更新後本件賃貸借契約が1年の期間途中で終了した場合でも全く精算されない扱いとされていることが明らかにされている。そうしてみると,本件更新料の性質を前払賃料として説明することも困難である。
さらに,賃料が不払いであれば,賃貸人は,当然に催告,解除の手続を経て本件賃貸借契約自体を債務不履行解除することができることは疑いない。ところが,控訴人が家賃の支払を完全に履行し続けながら本件更新料を不払いとした場合,法定更新の要件がある限り,被控訴人が催告,解除の手続をしても,本件賃貸借契約自体の債務不履行解除を認めるべき余地はないと言って差し支えない。
そうすると,本件更新料を民法,借地借家法上の賃料,借賃と解することはできない。

イ もっとも,被控訴人は,賃貸人は更新料約定があるときは,月々の賃料を定めるに当たり一時金として更新料収入があることを考慮しており,更新料を賃借物の使用収益の対価として把握していると意思解釈すべきであるし,賃借人も,説明を受けて更新料を更新の際に負担する返還義務のない金員であることを理解し,更新料を含む全経済的負担を算定しているから,更新料を使用収益の対価として把握していると意思解釈できると主張する。
確かに,本件では,被控訴人は,居住用賃貸建物である本件建物を所有して不動産賃貸業を営んでおり,その一環として,控訴人との間で本件更新料約定を含んだ本件賃貸借契約を締結して控訴人に本件物件を賃貸しているのであり,控訴人も,当初本件賃貸借契約を締結するに当たり,本件更新料に関する記載のある重要事項説明書に基づいて説明を受けて契約を締結したのであるから,被控訴人,控訴人ともに,当初本件賃貸借契約締結時及び本件更新契約時に本件更新料が賃料とともに全体として本件物件の使用収益に伴う控訴人による経済的な出捐であると認識していたと推認する余地はなくはない。
しかしながら,前記のとおり,被控訴人の側においてあらかじめ十分に検討して作成したと認められる本件契約条項を見ても,本件更新料については,第21条に,被控訴人,控訴人が賃貸借期間の満了時から各自につき一定期間内に更新拒絶の申出をしない限り,当然に契約が更新されること,なお書きに,その場合には控訴人は更新料を支払う義務があることがそれぞれ記載されているだけで,本件更新料の説明は全くされていない。この点では,本件敷金については,第5条,第18条において,その授受の目的,性質,授受の効果がはっきりと明示されている(乙1)のと際だった違いを示している。重要事項説明書も,本件契約条項第21条以上の説明を加えていない。そして,本件全証拠によっても,被控訴人又はその意向を受けた仲介業者である京都ライフが,当初本件賃貸借契約の締結までに,またそれ以降本件更新契約時までにも,控訴人に対し,本件更新料について,本件賃貸借の契約更新時に支払われる金銭であることを超えて,その授受の目的,性質などについて法律的観点からはもちろん事実上の観点からも,何らかの説明をしたとは認められない。
したがって,本件賃貸借契約の当事者である被控訴人と控訴人の双方に,特に控訴人には,当初本件賃貸借契約締結時及び本件更新契約締結時を通じて,本件更新料は単に契約更新時に支払われる金銭という以上の認識はなかったと推認するほかはない。
そして,前記アにおける検討の結果をも総合すると,本件更新料について,経済学的な説明としては,被控訴人が控訴人に本件物件の使用収益を許す対価であるということができ,当初本件賃貸借契約締結時及び本件更新契約締結時に,当事者双方がともに経済的な意味ではこれを認識していたとしても,仮に本件更新料が本来賃料であるとすれば当然備えているべき性質(例えば,前払賃料であれば,賃借人にとって有利な中途解約の場合の精算)も欠いている以上,法律的な意味で当事者双方がこれを民法,借地借家法上の賃料として認識していたということはできず,法律的にこれを賃料として説明することは困難であり,本件更新料が賃料の補充としての性質を持っているということもできない。
なお,賃貸借契約の当事者間においては,賃料とされるのは使用収益の対価そのものであり,賃貸借契約当事者間で賃貸借契約に伴い授受される金銭のすべてが必ずしも賃料の補充の性質を持つと解されるべきではない(そうでなければ,敷金はもちろん,電気料,水道料,協力金その他何らかの名目を付けさえすれば,その名目の実額を大幅に超える金銭授受や趣旨不明の曖昧な名目での金銭授受までも賃料の補充の性質を持つと説明できるとされかねないからである。)。このことからも,上記の判断は,裏打ちされるというべきである。

ウ また,被控訴人は,被控訴人,控訴人間で本件更新料が賃料の前払であるとの説明がなかったとしても,更新料は遅くとも昭和40年代以降全国都市部の居住用物件の賃貸借契約で広く用いられており,企業,生活保護でも補助,扶助の対象とされ,民事調停,和解,公正証書でも更新料条項が用いられているから,本件更新料の性質を賃料の補充であると合理的に意思解釈すべきであると主張する。
しかし,従来,賃貸建物の賃貸人と賃借人の間で授受され,あるいは民事調停,和解,公正証書の条項に現れた更新料という名のものも,それをめぐる事実関係,性質はそれぞれに異なり様々であり,地代家賃統制令下で授受されたもの,一旦有効に債務不履行解除された賃貸借を復活させる一種の和解金など具体的な事実関係の下でそれぞれ法律的な意味合いが異なり得ることは,自明である。
また,仮に,企業,生活保護において,更新料に対して補助,扶助が行われているとしても,それらは,それぞれの補助,扶助の目的に合致するかどうかの見地から行われることでしかない(なお,本件では,後記のとおり,差し当たっては消費者契約法10条の適用の有無との関係で検討しているのであるから,更新料の補助,扶助が行われているかどうかとは直接の関わりを持たないというほかはない。しかも,被控訴人の主張は,消費者契約法立法のされる前から引き継がれてきた状況を前提とするものでしかなく,消費者契約法立法の趣旨と対比する場合には当然に重視されるべき事柄ということはできない。)。
そして,建物賃貸借の更新時に更新料を授受するとの慣習法は認められないし,本件全証拠によっても,そのような事実たる慣習が存在するとは認定することができない。
結局,被控訴人の上記主張は,採用することができない。」

④本件更新料の法律的な説明
「以上に検討してきた本件の事実関係の下では,本件更新料は,当初本件賃貸借契約締結時及び本件更新契約時に,あらかじめその次の更新時に控訴人が被控訴人に定額の金銭支払いが約束されたものでしかなく,それらの契約において特にその性質も対価となるべきものも定められないままであって,法律的には容易に説明することが困難で,対価性の乏しい給付というほかはない。」

2  本件更新料約定の消費者契約法10条前段該当性
「 (1)前述のとおり,被控訴人と控訴人とは,平成12年8月11日ころ契約期間を同月15日から平成13年8月30日までの約1年間とし,本件更新料約定を含む当初本件賃貸借契約を締結したが,約1年間を経た同月3日ころから1年ごとに新たに契約更新証書を作成して本件更新契約により本件賃貸借契約を更新したことが明らかである。本件更新契約は,契約内容を従来とおりとするものの,契約期間を新たに定めた以上は,消費者契約法の適用関係では新たな賃貸借契約とみるほかはないから,消費者契約法の適用を受けるというべきである。
そして,本件更新契約で引用されている「別紙賃貸借契約書」とは,当然当初本件賃貸借契約において作成授受された建物賃貸契約書(乙1)のことを指すと認められるから,本件更新契約締結以降は,そこで引用される限りにおいて本件賃貸借契約は,すべて消費者契約法の適用を受けることとなり,それに記載された本件契約条項に含まれる本件更新料約定も,本件更新契約の一部として消費者契約法の適用を受けざるを得ない。
 (2)そこで,まず,本件更新料約定が「民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項」(消費者契約法10条前段)に該当するかどうかについて検討する。
 (3)その検討の前提として,前記第3の2の認定事実と弁論の全趣旨によれば,控訴人が消費者契約法2条1項所定の「消費者」に,被控訴人が同条2項所定の「事業者」に該当することが認められ,本件賃貸借契約が同条3項の「消費者契約」に当たることは明らかである。
 (4)民法601条によれば,賃貸借契約は,賃貸人が賃借人に賃借物件の使用収益をさせることを約し,賃借人がこれに賃料を支払うことを約する契約であり,賃借人が賃料以外の金銭支払義務を負担することは,賃貸借契約の基本的内容には含まれないことが明らかである。
ところが,本件賃貸借契約では,本件更新契約締結以降における契約更新時に控訴人が被控訴人に更新料10万円を支払わなければならないこととされており,前述のとおり,この本件更新料も本件賃貸借契約において附款として定められた,更新の際に支払われる対価性の乏しい給付というべきであるから,本件更新料約定は,民法の任意規定の適用される場合に比して賃借人の義務を加重する特約であるということができる。
したがって,本件更新料約定は,消費者契約法10条前段に該当するというべきである。」

3  本件更新料約定の消費者契約法10条後段該当性
「 (1)次いで,本件更新料約定が「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」(消費者契約法10条後段)に該当するかどうかについて検討する。
この要件に該当するかどうかは,契約条項の実体的内容,その置かれている趣旨,目的及び根拠はもちろんのことであるが,消費者契約法の目的規定である消費者契約法1条が,消費者と事業者との間に情報の質及び量並びに交渉力の格差があることにかんがみ,消費者の利益を不当に害することとなる条項の全部又は一部を無効とすることにより消費者の利益の擁護を図ろうとしていることに照らすと,契約当事者の情報収集力等の格差の状況及び程度,消費者が趣旨を含めて契約条項を理解できるものであったかどうか等の契約条項の定め方,契約条項が具体的かつ明確に説明されたかどうか等の契約に至る経緯のほか,消費者が契約条件を検討する上で事業者と実質的に対等な機会を付与され自由にこれを検討していたかどうかなど諸般の事情を総合的に検討し,あくまでも消費者契約法の見地から,信義則に反して消費者の利益が一方的に害されているかどうかを判断すべきであると解される。
 (2)そこで,まず,本件更新料約定の実体的内容を見てみると,本件賃貸借契約の期間が借地借家法上認められる最短期間である1年間という短期間であるにもかかわらず,本件賃貸借契約における更新料の金額は10万円であり,月払の賃料の金額(4万5000円)と対比するとかなり高額といい得る。
法定更新の場合には,更新に条件を付することはできないため,更新料を支払う必要はないと解すべきであるから,このような高額の支払いをすることは,控訴人にとって相当大きな経済的負担となることは明らかである。
 (3)次に,本件賃貸借契約に本件更新料約定が置かれている趣旨,目的及び根拠について検討する。
これまで,全国の建物の賃貸借契約の一部において,更新料名下に金銭の授受がされてきたことは否めない。ところが,それらの事実関係は様々であり必ずしもすべての更新料と呼ばれるものについて全く同一の議論をすることができないことは,前述のとおりである。本件更新料の場合には,前述のとおり,更新拒絶権放棄の対価,賃借権強化の対価,賃料の補充の性質のいずれも認められない。
しかし,本件において控訴人,被控訴人のいずれもが本件更新料が賃料とともに全体として本件物件の使用収益に伴う出捐であると認識していたと推認し得る余地がないではないことも前述のとおりである。そこで,上記推認が相当かどうかはしばらく措いて,このような認識が存在すると仮定すれば,本件更新料は,それが賃料とともに全体として本件物件の使用収益に伴う控訴人による経済的な出捐であるということになる。
民法601条は賃貸借契約において使用収益の対価を賃料としている。ところが,本件全証拠によっても,本件賃貸借契約において,控訴人が賃料以外に本件物件の使用収益に伴い出捐することとされる本件更新料約定が置かれている目的,法的根拠,性質は明確に説明されていない。かえって,これまでの検討によると,消費者契約法の適用される現在では,控訴人の側からはもちろんのこと,被控訴人の側から見ても,本件更新料約定が維持されるべき積極的,合理的な根拠を見出すことは,困難である(むしろ,前記のとおり,賃料であれば本来備えているべき性質を欠いていることを,更新料という名称を用いることによりあいまいにさせる点では,消費者である賃借人にとって不利である。)。
そして,消費者契約法が立法された下で,改めて借地借家法の強行規定の存在を意識しつつ本件更新料約定を見直してみると,この約款は,客観的には,賃借人となろうとする人が様々な物件を比較して選ぶ際に主として月払の賃料の金額に着目する点に乗じ,直ちに賃料を意味しない更新料という用語を用いることにより,賃借人の経済的な出損が少ないかのような印象を与えて契約締結を誘因する役割を果たすものでしかないと言われてもやむを得ないと思われる。すなわち,一般に,全体の負担額が同じであっても,当初の負担額が少ない方を好む(あるいは,当初の負担額の少なさに気を取られて,全体の負担額の大小に十分な注意を払わない。)人々が少なからず存在することは,一般に知られた公知の事実である。そして,そのような人に対し,賃貸物件の経済的対価として更新時にしか授受されない更新料を併用することにより,法律上の対価である家賃額を一見少なく見せることは,消費者契約法の精神に照らすと許容されることではない。被控訴人に限らず事業者が他の事業者と競争するには,競争条件は,できるだけ明確,透明に,また誤認混同が生じないように整えられるべきである。
被控訴人は,賃貸建物は余剰のために借り手市場となっており,他の事業者よりも不利な契約条件を設定すれば,競争力を失うとも主張している。しかし,競争の激しい分野でこそ事業者によって不当な取引制限や不公正な取引方法が採用されやすいことも,公知の事実であり,もし,被控訴人が本件物件の賃貸により本件更新料に相当する金額をも含めた経済的利益を取得しようとするのならば,更新料としてではなく,端的に,その分を上乗せした賃料の設定をして,賃借人になろうとする消費者に明確,透明に示すことが要請されるというべきである。
 (4)そして,双方の情報収集力の格差について見てみると,前記1の認定事実及び前記第3の2の争いのない事実等と弁論の全趣旨によれば,被控訴人は,居住用賃貸建物である本件建物を所有して不動産賃貸業を営んでおり,その一環として,控訴人との間で本件更新料約定を含んだ本件賃貸借契約を締結して控訴人に本件物件を賃貸していたことが認められ,自ら又は仲介業者を通じて,弁護士若しくはこれに準ずるその他の相談先,取引先を通じて,これまでに建物賃貸借に関する様々な情報(例えば,賃貸建物に適用される民事法の諸規定がどのような内容であるか,同種の賃貸建物と比較して本件契約条項に基づく諸条件が賃貸人である被控訴人に有利であるかどうかなど)を継続的に得ることができる立場にあり,また現実に相当長期間にわたりこれらの情報に接してきたと推認されるのに対し,控訴人は,居住用建物として本件物件を賃借したにとどまり,当初本件賃貸借契約締結時及び本件更新契約時を通じて,被控訴人と比べて建物賃貸借に関しては少ない情報しか有していなかったと推定され,被控訴人と控訴人との間において情報収集力に大きな格差があったことは疑いようがない。
そして,上記のとおり推認される事実からは,不動産賃貸業を営む被控訴人,又は少なくもその委託を受けてその手足として本件物件の管理業務に当たった京都ライフ(以下では,被控訴人と京都ライフを併せて「被控訴人側」という。)は,借地借家法の強行規定の内容をも十分に了知していたと推定することができる。
 (5)また,本件更新料約定の定め方を見てみると,本件契約条項は,第21条において,賃貸人,賃借人が賃貸借期間の満了時から各自につき一定期間内に更新拒絶の申出をしない限り,当然に契約が更新されることを定め,なお書きにおいて,その場合には賃借人は更新料を支払わねばならないと義務付けている。この第21条の定め方では,本文において賃貸人の更新拒絶に正当事由を要することを規定する借地借家法28条の要件の明記が敢えて避けられ,なお書きにおいて賃借人に更新料の支払が義務付けられている。
ところで,借地借家法28条によれば,同条所定の要件が充たされる限り,同条による法定更新がされ,同条が強行規定であることは同法30条の明文上自明であり,このことは,当初本件賃貸借契約締結時及び本件更新契約締結時を通じて被控訴人側には明らかに知られていたと推認することができる。これに対し,これらの契約締結時に,控訴人がこのことを知っていたことを示す証拠はなく,むしろ,前述の控訴人の状況に照らせば,控訴人はこのような法律上の定めを知らなかったことが推認できる。そして,弁論の全趣旨によれば,被控訴人側が重要事項説明の際にも,その後の当初本件賃貸借契約締結時及び本件更新契約締結時にも,本件物件の賃貸借に法定更新の制度の適用があることや,その場合には更新料を支払う必要がないことを説明したことは全くないことが認められる。
そして,控訴人は,重要事項説明書による説明を受けた上で本件契約条項の第21条を見ただけでは,借地借家法上賃貸借契約の更新がどのようなものであるかを知らずに,また更新料がどのような性質を持つかを深く考えず(法定更新の際には更新料を払う義務がないことも明確に認識しないまま),漠然と更新時に支払うのが更新料であると認識したのみで当初本件賃貸借契約及び本件賃貸借契約を締結したと推定される。
こうしてみると,本件契約条項第21条は,少なくとも客観的には,情報格差があり,情報収集力のより乏しい控訴人から,賃貸物件の更新に関する借地借家法の強行規定の存在から目を逸らさせる面があると言われてもやむを得ないということができる。
 (6)さらに,契約条項の明確性を検討してみると,確かに,本件賃貸借契約においては,約定された更新料の金額,支払条件等が明示されており,賃借人が1年に支払うべき賃料額と合計された総額は明確である。また,控訴人は,当初本件賃貸借契約締結に際して京都ライフから,本件更新料約定の存在及び更新料の金額について説明を受けてもいる。したがって,控訴人が本件物件の使用収益に伴い年額として支払うべき総額は明確に示されており,控訴人もその予測をすることができることから,明確性の程度はかなり高いということができ,一見すると,本件更新料約定があるからといって控訴人に特に不利益は生じていないように見えなくもない。
しかしながら,ここで,控訴人が契約条件を検討する上で被控訴人と実質的に対等な機会を付与されて自由にこれを検討したかどうかについて目を移してみると,控訴人は,上記(5)のとおり,重要事項説明と本件契約条項を示され,借地借家法上の強行規定の存在について十分認識することができないまま,当初本件賃貸借契約を締結し,本件更新契約締結に至っており,本件更新契約締結時に本件更新料約定が効力を生ずる場合と法定更新がされた場合その他の取引条件と自由に比較衡量する機会は十分には与えられていないから,実質的に対等にまた自由に取引条件の有利,不利を検討したということはできない。例えば,本件更新料約定に基づいて本件更新料を支払って更新がされた場合において,その後控訴人が短期間に解約申入れをして本件賃貸借契約を終了させたときは,当然に法定更新がされ得ることにより更新料支払義務がなく,賃料年額が本件更新料約定の下と同一に計算された場合と比較して,控訴人に,支払総額における現実の経済的不利益,又は少なくとも現実的危険が生ずる可能性がある(他にも,法律的には,賃料減額請求権の行使において更新料部分には請求が及ばない危険性など様々な場面を想定することができる。)。しかし,そのような経済的不利益又は現実的危険の検討の機会が奪われていることは否定することができず,本件更新料約定が控訴人に不利益をもたらしていないということはできない。
 (7)以上の検討の結果によれば,本件更新料約定の下では,それがない場合と比べて控訴人に無視できないかなり大きな経済的負担が生じるのに,本件更新料約定は,賃借人が負う金銭的対価に見合う合理的根拠は見出せず,むしろ一見低い月額賃料額を明示して賃借人を誘引する効果があること,被控訴人側と控訴人との間においては情報収集力に大きな格差があったのに,本件更新料約定は,客観的には情報収集力の乏しい控訴人から借地借家法の強行規定の存在から目を逸らせる役割を果たしており,この点で,控訴人は実質的に対等にまた自由に取引条件を検討できないまま当初本件賃貸借契約を締結し,さらに本件賃貸借契約締結に至ったとも評価することができる。
このような諸点を総合して考えると,本件更新料約定は,「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」ということができる。」

4  本件更新料約定の本件賃貸借契約における中心条項性
「契約における対価に関する条項は,消費者と事業者との間でされる取引の本体部分となり,それは基本的に市場の取引により決定されるべきであるから,消費者契約法10条の適用対象とならないのが原則であると解される。しかしながら,経済的性質をも含めた広い意味で対価とされるもの(以下この項においては,これをも単に「対価」という。)を理解すべき情報に不当な格差があり,又は理解に誤認がある場合には上記原則のようにいうことができないことは自明であり,上記原則が適用されるためには,その前提として,契約当事者双方が対価について実質的に対等にまた自由に理解し得る状況が保障されていることが要請されるといわなければならない。
本件においては,前述のとおり,当初本件賃貸借契約及び本件更新契約締結に当たって,控訴人は,客観的には,本件契約条項の第21条により,賃貸物件の更新に関する借地借家法の強行規定の存在から目を逸らされており,対価がどのようなものであるかを正しく理解すべき情報において被控訴人との間で格差があったことを否定することができない。したがって,被控訴人の上記主張は採用することができない。」

2010.11.01

借家契約の更新料条項の有効性が肯定された例(大阪高裁判決)

消費者契約法10条

「「民法 、商法 (明治三十二年法律第四十八号)その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、」(前段)
「民法第一条第二項 に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」(後段)
は、無効とする。 」
とする。

民法90条は、

「公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。」

としている。


借家関係で特に関東地方では授受されることが多いといわれている更新料について、最近、この二つの観点から、無効を主張して、賃借人から返還を求めたり、賃貸人からの支払い請求を拒んだりするとの紛争事例があり、昨年(平成21年)には、大阪高等裁判所が更新料無効判決と有効判決の二つの相反する判決をなしている。また、平成22年にも大阪高等裁判所が無効判決をなしている。以下では、平成21年の有効判決を紹介する。

大阪高判平成21年10月29日判時 2064号65頁

本件建物の賃借人が,賃貸人に対し,賃貸借契約において定められた更新料支払条項は,消費者契約法10条ないし民法90条に反し,無効であるとして,不当利得返還請求権に基づき,過去3回の更新時において支払った更新料合計26万円及び年5分の割合による利息の支払いを求めた事案(契約の基本的内容 ①契約期間 平成12年12月1日から平成14年11月30日まで、② 家賃及び共益費 家賃月額5万2000円,共益費月額2000円③ 更新料 契約更新に際して,旧賃料の2.00か月分を支払う。)。

1審(大津地判平成21年 3月27日判時 2064号70頁)は,本件賃貸借契約において定められた更新料支払条項は有効であるとして控訴人の請求を棄却した。

控訴審でも、以下のように消費者契約法10条の該当性と民法90条の該当性を否定し、更新料合意を有効としたうえで、その旨判示して、控訴を棄却した。すなわち、

1 消費者契約法10条該当性について
「 消費者契約法10条は,「民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって,民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは,無効とする。」ものと定めているところ,そもそも,賃借人は,賃貸借契約を締結することによって,借地借家法28条に基づき,期間満了後も原則的に賃貸借契約の更新を受けることができるのであって,その際に,当然に何らかの金銭的給付を義務付けられるものではないことからすれば,本件更新料支払条項のように,賃貸借契約の更新に伴って更新料の支払いを義務付ける旨の合意は,賃借人の義務を加重する特約であり,消費者契約法10条前段(民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項)に該当するものと解するのが相当である。」
として、10条前段該当性をまず認めたものの、10条後段該当性については、次のようにこれを否定した。

①10条後段の意義
「 次に,本件更新料支払条項が,消費者契約法10条後段(民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの)に該当するか否かについて検討すると,同法の目的が,「消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差にかんがみ,…消費者の利益を不当に害することとなる条項の全部又は一部を無効とする…ことにより,消費者の利益の擁護を図」ろうとするものとされていること(同法1条参照)に照らせば,「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害する」契約条項とは,消費者と事業者との間にある情報,交渉力の格差を背景にして,事業者の利益を確保し,あるいは,その不利益を阻止する目的で,本来は法的に保護されるべき消費者の利益を信義則に反する程度にまで侵害し,事業者と消費者の利益状況に合理性のない不均衡を生じさせるような不当条項を意味するものと解される。」

②更新条項の趣旨

 ア 賃借権設定の対価性
「前記認定事実によれば,控訴人は,本件賃貸借契約を締結したことによって,本件賃貸借契約に基づく賃借人としての地位を取得したものと認められるところ,当初の賃貸借期間を2年とした上で,約4か月分の賃料に相当する20万円の礼金の支払義務があるものとされていることからすれば,上記礼金の主な趣旨は,賃貸借期間を2年とする賃借権の設定を受けた賃借人としての地位を取得する対価と解するのが相当である。」

イ 投下資本回収の点からの合理性
そもそも,本件のような共同住宅の賃貸人は,事業経営者として,賃貸物件の建築費用等について相当額の資本を投下して賃貸事業を行うものである(本件においても,賃貸人である被控訴人は,本件建物に抵当権を設定していることが認められるから[甲3・2頁],本件建物の賃貸事業を行うにあたり,建築費用等を借り入れて本件建物を建築したことが窺われる。)ところ,当然のことながら,最終的には投下資本の回収を超える収益の確保を目的とする以上,その事業計画においては,当該建物の規模・設備状況・築年数,当該建物が存在する地域性,賃料の近隣相場のほか,原状回復(リフォーム)及びメンテナンスに要する諸費用,賃貸借契約の回転率,空室率,賃料不払い等のリスク要因も踏まえながら,当該賃貸物件の提供に対する収益上可能かつ最適の対価を設定することになる。
 そして,上記対価の設定に際しては,賃借人が短期間のうちに退去することもあれば,何度も更新を繰り返して長期にわたって居住することも想定される賃貸用共同住宅の居室という性質にかんがみると,賃貸人としては,賃借人との間で何らの対価も取得することなく賃貸借契約の更新を重ねるよりは,短期間に異なる賃借人との間で新規の賃貸借契約を繰り返すことによってその都度礼金を取得することの方が経営的に有利であるが,それを実現しようとしても,賃貸人において賃貸借契約の更新を拒絶することは借地借家法28条によって基本的に認められないことから,その代わりに,賃借人からは賃貸借期間の長さに応じた賃借権設定の対価を受け取るものとし,その具体的方法として,賃貸借契約の締結時点において長期間の賃貸借契約を想定した多額の礼金を取得するのではなく,まずは比較的短い賃貸借期間に相応した賃借権設定の対価としての礼金(本件では当初の賃貸借期間を2年として20万円の礼金)の支払いを受けた上で,将来的に賃貸借契約が更新された場合には,結果的に期間の長い賃借権を設定したことになるとして,賃借権設定の対価の追加分ないし補充分として一定程度の更新料の支払いを受ける旨をあらかじめ賃借人との間で合意しておくことも,賃貸事業の経営において効果的な投下資本の回収及び利益追求の手段として必要かつ合理的な態度であることは否定できず,また,このように,賃借権を設定するにあたってその期間の長さに応じた対価を取得することが営利事業の方法として一概に社会正義に反するとはいえないというべきである。
 したがって,本件更新料は,本件賃貸借契約に基づく賃貸事業上の収益の一つして,賃借人である控訴人に設定された賃借権が本件賃貸借契約の更新によって当初の賃貸借期間よりも長期の賃借権になったことに基づき,賃貸借期間の長さに相応して支払われるべき賃借権設定の対価の追加分ないし補充分と解するのが相当であり,本件更新料支払条項は,その支払義務及びその金額についてあらかじめ合意しておいたものと認められる。」

ウ 不当条項性
「消費者契約法10条後段によれば,消費者にとって不利益な契約条項を定めることによって,消費者が本来有しているはずの権利ないし法的利益を奪ったり,あらかじめ制限するというだけでなく,それによって不利益を免れる事業者と不利益を被る消費者との間に合理性のない不均衡を生じさせるときは,このような契約条項については,消費者にとって信義則に反する程度にまで一方的に不利益な条項いわゆる不当条項として無効にすべきものと解されるが,単に消費者にとって不利益というだけで,事業者の経済的利益を図った契約条項を一切無効とするものでないことは明らかである。
 他方,消費者契約において,消費者にとって不利益な契約条項が存在する場合,それが契約当初から定められていた(契約書に明記され,その旨説明を受けていた)としても,事業者に比べて経験に乏しく情報力も劣るのが通常である一般的な消費者とすれば,契約の締結段階において,将来的に起こり得る好ましくない事態を想定してまで契約条項の当否を検討することは容易ではなく,具体的な場面において当該契約条項が実際に適用されるまでは,当該契約条項によって自らに生じる不利益の程度を認識することが困難であることも少なくないのであるから,消費者にとって不利益な契約条項が無効と解すべき不当条項であるか否かは,消費者に生じ得る具体的な不利益の程度だけでなく,当該契約条項が発動した場合に生じる事態の予測可能性を併せ考慮して判断する必要があるというべきである。」
「そのように考えると,賃貸人が,賃借人との間で賃貸借契約を締結するにあたり,更新料の支払義務及びその金額についてあらかじめ賃貸借契約書及び重要事項説明書に明記さえすれば,どのような金額の更新料であっても取得することが許されるものと解すべきではない。なぜなら,例えば,2年間の賃貸借契約を締結し,4か月分の礼金を支払ったにもかかわらず,2年後の更新時において,賃貸借契約を従前どおり2年更新する場合に4か月分の更新料を支払う(あるいは,1年更新する場合に2か月分の更新料を支払う)というのであれば,賃借人としては,賃貸借契約の更新という名の下で,新規の賃貸借契約を締結して礼金を支払わされるのと実質的に変わらないことになり,賃貸借契約を締結したことによって,賃借人は,賃貸人に正当な事由のない限り,事実上永続的に賃貸借契約を継続することができるという借地借家法28条の趣旨を没却することになる上,2年後(あるいは,1年後)のこととはいえ,将来的に更新するか否かが厳密には確定していない当初の段階において,賃借人が,借地借家法28条の趣旨に反する程度の不利益が生じるか否かについてあらかじめ検討することは通常困難というべきだからである。」
「もっとも,賃貸借契約に更新料支払条項が設定されている場合において,更新料そのものは賃借人にとって不利益な負担金であるとしても,その一方で,更新料の支払いにより,借地借家法26条所定の法定更新とは異なり,期間の定めのある賃貸借契約として更新されることや,更新料支払条項が設定された賃貸物件については,更新料の負担がある反面,月々の賃料が抑えられていることが多いものと考えられる(言い換えれば,更新料の設定が法的に許されないとすれば,月々の賃料が増額される可能性が高くなり,当初に支払うべき礼金が高額化する可能性もある[弁論の全趣旨]。)ことのほか,本件賃貸借契約の第16条3項のように賃借人が中途解約する場合の予告期間ないし猶予期間が民法617条1項2号及び618条所定の3か月よりも短縮されることが多いことなどからすれば,賃借人(特に,比較的短期間で転居することが予想される賃借人)にとって有利な側面が存在することは否定できないというべきである。」
「したがって,前記認定判示のとおり,賃貸人が,賃貸借契約を締結するにあたり,賃借人に対し,賃貸借期間の長さに応じた賃借権設定の対価の支払いを求めようとすることには一定の必要性と合理性が認められ,法的に許されないものでもない(賃借人としては,それに納得できないのであれば,契約を締結しなければよいのであって,これを契約条項の押し付けであるとは認められない。)ことを併せ考えると,更新料支払条項によって支払いを義務付けられる更新料が,賃貸借契約の締結時に支払うべき礼金の金額に比較して相当程度抑えられているなど適正な金額にとどまっている限り,直ちに賃貸人と賃借人の間に合理性のない不均衡を招来させるものではなく,仮に,賃借人が,賃貸借契約の締結時において,来るべき賃貸借契約の更新時において直面することになる更新料の支払いという負担について,それほど現実感がなかったとしても,そもそも更新料を含めた負担額を事前に計算することが特段困難であるとはいえないのであるから,更新料の金額及び更新される賃貸借期間等その他個別具体的な事情によっては,賃借人にとって信義則に反する程度にまで一方的に不利益になるものではないというべきである。」


③ 本件でのあてはめ
エ 実質賃料等からの検討
「本件賃貸借契約の契約締結時に定められた賃貸借期間は2年であり,その際に支払うべき礼金は20万円(当時の月額賃料5万2000円の4か月分弱)とされ,2年後に賃貸借期間を2年更新する場合の更新料を旧賃料の2か月分とし,その後も同様とする旨の本件更新料支払条項が定められたというのである。」
「そうすると,本件更新料支払条項により,賃貸人である被控訴人としては,賃貸借期間の長さに相応した賃借権設定の対価を取得することができる一方で,賃借人である控訴人は,2年後の更新時において,賃貸借期間をさらに2年延長するにあたり,旧賃料の2か月分の更新料の支払義務が生じることになるものの,支払うべき更新料は,礼金よりも金額的に相当程度抑えられており,適正な金額にとどまっているということができるのであって,賃貸借契約書(甲1)を精査しても,賃貸借契約の更新という名の下で実質的に新たな賃貸借契約を締結させられるような事情があったとは到底認めることができない。そして,仮に,本件更新料(10万4000円)を事実上の賃料として計算すれば,実質的な月額賃料は約5万6333円([10万4000円+5万2000円×24か月]÷24か月≒5万6333円)になるところ,賃貸借契約書(甲1)に記載された月額賃料である5万2000円と比較しても,その差額は1か月あたり5000円未満であって,更新料支払条項を設定したことによって上記程度の金額差が生じたからといって,名目上の賃料を低く見せかけ,情報及び交渉力に乏しい賃借人を誘引するかのような効果が生じたとは認められないというべきである。しかも,本件事案において,仮に,本件更新料が存在しなかったとすれば,月額賃料は当初から高くなっていた可能性があるところ,これと比較して,本件更新料が存在しなかったことの方が,果たして賃借人である控訴人にとって実質的に利益であったといえるのかは疑問である(上記のとおり,更新料支払条項が法的に許されないことになれば,月額賃料が増額される可能性が高くなるというのであるから,例えば,本件事案において,本件更新料が元々存在しなかったとしても,その分,月額賃料が5000円高くなっていたとすれば,全体的な負担はかえって重いことになる。)ことからすると,本件更新料支払条項が設定されていたことによって,賃借人である控訴人が,信義則に反する程度にまで一方的に不利益を受けていたということはできない。」
「 なお,控訴人は,複数の不動産仲介業者から多数の賃貸物件の紹介を受けた上,自らの希望その他様々な情報を総合的に検討した結果,本件建物を賃借することに決定したことが認められるから,このような事実に照らしても,控訴人と被控訴人との間の情報力及び交渉力について,控訴人が被控訴人から不当条項を押し付けられる程度にまで著しい格差があったとは到底認めがたいというべきである。」

オ 賃借人は更新料の趣旨を理解していたか。
「賃貸借契約書(甲1)及び重要事項説明書(甲3)によれば,更新によって賃貸借期間が2年延長される一方で,更新時に旧賃料の2か月分を支払う旨が明記されている上,証拠(甲20)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人は,本件賃貸借契約の締結時において,更新時に本件更新料の支払いが義務付けられており,礼金と同様,本件更新料が返還の予定されていないものであることについても認識していたことが認められるところであり,本件賃貸借契約の締結時において合意されていなかったものが後になって支払いを要求されたわけではなく,契約条項としてあらかじめ合意されていたものであることからすると,賃借人である控訴人としても,本件更新料が,賃借人である控訴人のために設定された賃借権が本件賃貸借契約の更新によって当初の賃貸借期間よりも長期の賃借権になったことに基づき,賃貸借期間の長さに相応して支払われるべき賃借権設定の対価の追加分ないし補充分であることを理解することが不可能ないし著しく困難であったとは認められない。そして,賃借人である控訴人が,本件更新料について,本件賃貸借契約が当初の賃貸借期間よりも長くなったことに伴って支払うべきものであるという認識を有していたのであれば,本件更新料の趣旨の理解として不十分であるとはいえず,それを超えて法的な見解に基づく説明を受けていなかったとしても,本件更新料支払条項を無効と解すべき程度まで本件更新料の趣旨について理解していなかったものということはできない。」

カ 中途解約の際に精算されないこととの関係
「控訴人は,本件更新料について,中途解約があった場合に精算されないことの不当性を主張するが,例えば,本来的には全額が返還されるべき敷金について,いわゆる敷引き条項によって返還を受けるべき金額が賃貸借契約の終了後まで確定せず,しかも,その控除分の明細及び具体的根拠が判然としないような場合は,敷金の返還を見込んでいた賃借人の合理的な期待に反するとして,敷引き条項の不当性を肯定する余地があるものの,本件更新料については,賃貸借契約書(甲1)及び重要事項説明書(甲3)において,本件更新料支払条項として月額賃料との比較をもって明確に記載されている上,前記オで認定したとおり,控訴人は,本件更新料が返還の予定されていないものであることを認識していたのであるから,中途解約をした場合に本件更新料の返還ないし精算を受けることができるという期待を抱いていたかのような主張をするのは,本件賃貸借契約の締結時における自己の認識と明らかに符合せず,到底採用することはできない。」
「 控訴人は,本件更新料支払条項について,控訴人が本件賃貸借契約を中途解約した場合に更新料を精算しないものとしていることは,いわば賃料の二重取りに該当するとして,控訴人にとって信義則に反する程度にまで一方的に不利益となる旨主張する。しかしながら,前記判示のとおり,本件更新料は,賃借人である控訴人に設定された賃借権が本件賃貸借契約の更新によって当初の賃貸借期間よりも長い賃借権になったことに基づき,賃貸借期間の長さに相応して支払われるべき賃借権設定の対価の追加分ないし補充分と解されるところ,実際,本件賃貸借契約の更新によって,借地借家法26条1項但書による期間の定めのない賃貸借契約ではなく,2年という明示された期間分延長された賃貸借契約になったのであるから,賃借人である控訴人としては,更新をした時点において,本件更新料という対価に相応した利益を確定的に得ているものと認められ,本件賃貸借契約の中途解約の理由がもっぱら賃借人である控訴人の自己都合であったこと(弁論の全趣旨)を併せ考えれば,本件更新料支払条項において,中途解約によって本件更新料の精算を行わないものとされていたからといって,賃借人である控訴人が信義則に反する程度にまで一方的に不利益を受けたものではないというべきである。」

2 民法90条(公序良俗違反)該当性について
「控訴人は,本件更新料には合理的な対価性がなく,月額賃料との比較及び中途解約の場合に精算が否定されていることなどを併せ考えれば,本件更新料支払条項は暴利行為であり,民法90条に反し,無効である旨主張する。」
「しかしながら,控訴人は,通勤に便利な滋賀県野洲市(当時は野洲町),近江八幡市あるいは栗東市等において住居としての賃貸物件を探していたが,適切な賃貸物件(月額賃料5万円程度)が見つからなかったところ,本件賃貸借契約の仲介業者になった湖東開発株式会社(以下「湖東開発」という。)から本件建物を含む複数の賃貸物件の紹介を受け,自らの希望その他様々な情報を総合的に検討した結果,最寄り駅(JR野洲駅)から近い距離にある本件建物を賃借することに決定したというのであり,前記認定事実のとおり,賃貸借契約書(甲1)には本件更新料支払条項が明記されているだけでなく,重要事項説明書(甲3)にも同様の記載がなされていることからすれば,宅地建物取引業者であった湖東開発(甲1,3,弁論の全趣旨)からも,本件更新料については,その金額及び支払時期のほか,中途解約をしたとしても返還ないし精算が予定されていないものであることの説明を受けていたことが推認されるというべきである。」
「そうすると,控訴人が,本件賃貸借契約を締結した当時,24歳の会社員であったことを併せ考えれば,本件更新料支払条項が控訴人の無知あるいは錯誤等に乗じて設定されたものとは到底認められないところ,前記判示のとおり,本件更新料の趣旨及び金額(特に礼金及び月額賃料との比較)等に照らせば,本件更新料支払条項によって,賃借人である控訴人が信義則に反する程度に一方的な不利益を受けることになるものではないから,本件更新料支払条項が暴利行為に該当するものと認める余地はなく,民法90条に反して無効と解することはできない。」

2009.04.05

譲渡禁止特約に反して債権譲渡をした債権者は、譲渡の無効を主張できるか?

債権の履行担保の目的で、債務者が有する債権の譲渡を受ける場合がある。
この場合、債務者と第三債務者との間で、譲渡禁止特約をしている場合があるが、これに反して、譲渡担保その他を理由として債権譲渡がなされた場合、債務者(譲渡債権の譲渡人)は、この債権譲渡が譲渡禁止特約に反することを理由に譲渡の無効を主張できるか。

近時 類似のケースがしばしばあり、気になる論点であったところ、下記のとおり最高裁判所がこの論点を含む事件の判決をなした。譲渡禁止特約は第三債務者の利益のための合意であることから、第三債務者が無効主張をすることが明らかでない場合は、譲渡禁止特約に違反して債権譲渡をなした譲渡人は、この無効主張をなしえないとするものである。
事案では、債権者不確知を理由に供託がなされていることから、無効主張する意思があきらかでないとしているところ、実務的にはこのような場合は供託されることが多いことから、債権譲渡を担保にとることの有効性に資する判決といえる。

最判平成21年 3月27日事件番号 平19(受)1280号 裁判所ホームページ http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=37486&hanreiKbn=01


「1 被上告人が上告人に譲渡した請負代金債権について,債務者が債権者不確知を供託原因として供託をした。本件本訴は,被上告人が,上記請負代金債権には譲渡禁止特約が付されていたから,上記債権譲渡は無効であると主張して,上告人に対し,被上告人が上記供託金の還付請求権を有することの確認を求めるものであり,本件反訴は,上告人が,被上告人に対し,上記債権譲渡が有効であるとして,上告人が上記供託金の還付請求権を有することの確認を求めるものである。
 2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
  (1) 被上告人は,平成17年3月25日に特別清算開始決定を受け,同手続を遂行中の株式会社である。
 上告人は,会員に対する貸付け,会員のためにする手形割引等を目的とする法人である。
  (2) 被上告人と上告人は,平成14年12月2日,被上告人が上告人に対して次のア記載の債権の根担保としてイ記載の債権を譲渡する旨の債権譲渡担保契約(以下「本件契約」という。)を締結した。
   ア 被上告人と上告人との間の手形貸付取引に基づき,上告人が被上告人に対して現在及び将来有する貸付金債権及びこれに附帯する一切の債権
   イ 被上告人がA(以下「A」という。)に対して取得する次の債権のすべて
    (ア) 種類  工事代金債権
    (イ) 始期  平成14年6月2日
    (ウ) 終期  平成18年12月2日
    (エ) 譲渡債権額  1億5968万円
  (3) 被上告人は,Aに対し,上記(2)イ記載の債権に含まれる第1審判決別紙債権目録記載1ないし3の工事代金債権(以下,「1の債権」,「2の債権」などといい,これらを併せて「本件債権」という。)を取得した。
  (4) 本件債権には,被上告人とAとの間の工事発注基本契約書及び工事発注基本契約約款によって,譲渡禁止の特約が付されていた。
  (5) Aは,平成16年12月6日に1の債権について,平成17年2月8日に2の債権について,同年12月27日に3の債権について,それぞれ債権者不確知を供託原因として第1審判決別紙供託金目録記載1ないし3の各供託金額欄記載の金員を供託した。
 3 原審は,次のとおり判断して,被上告人の本訴請求を認容し,上告人の反訴請求を棄却すべきものとした。
 債権の譲渡禁止特約に反してされた債権譲渡は無効である。本件債権には譲渡禁止特約が付されており,その譲渡についてAの承諾があったと認めることはできないので,本件契約に基づく本件債権の譲渡(以下「本件債権譲渡」という。)は無効である。上告人は,本件債権譲渡の無効を主張できるのは債務者であるAだけであると主張するが,そのように解することはできない。
 4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
  (1) 民法は,原則として債権の譲渡性を認め(466条1項),当事者が反対の意思を表示した場合にはこれを認めない旨定めている(同条2項本文)ところ,債権の譲渡性を否定する意思を表示した譲渡禁止の特約は,債務者の利益を保護するために付されるものと解される。そうすると,譲渡禁止の特約に反して債権を譲渡した債権者は,同特約の存在を理由に譲渡の無効を主張する独自の利益を有しないのであって,債務者に譲渡の無効を主張する意思があることが明らかであるなどの特段の事情がない限り,その無効を主張することは許されないと解するのが相当である。
  (2) これを本件についてみると,前記事実関係によれば,被上告人は,自ら譲渡禁止の特約に反して本件債権を譲渡した債権者であり,債務者であるAは,本件債権譲渡の無効を主張することなく債権者不確知を理由として本件債権の債権額に相当する金員を供託しているというのである。そうすると,被上告人には譲渡禁止の特約の存在を理由とする本件債権譲渡の無効を主張する独自の利益はなく,前記特段の事情の存在もうかがわれないから,被上告人が上記無効を主張することは許されないものというべきである。
 5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。これと同旨をいう論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,被上告人の本訴請求は理由がなく,上告人の反訴請求は理由があるというべきであるから,第1審判決を取り消した上,本訴請求を棄却し,反訴請求を認容することとする。」

2009.04.02

株主代表訴訟による所有権移転登記手続請求

会社法847条1項は
6箇月(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)前から引き続き株式を有する株主(第189条第2項の定款の定めによりその権利を行使することができない単元未満株主を除く。)は、株式会社に対し、書面その他の法務省令で定める方法により、発起人、設立時取締役、設立時監査役、役員等(第423条第1項に規定する役員等をいう。以下この条において同じ。)若しくは清算人の責任を追及する訴え、第120条第3項の利益の返還を求める訴え又は第212条第1項若しくは第285条第1項の規定による支払を求める訴え(以下この節において「責任追及等の訴え」という。)の提起を請求することができる。ただし、責任追及等の訴えが当該株主若しくは第三者の不正な利益を図り又は当該株式会社に損害を加えることを目的とする場合は、この限りでない。
とし、3項は、
株式会社が第1項の規定による請求の日から60日以内に責任追及等の訴えを提起しないときは、当該請求をした株主は、株式会社のために、責任追及等の訴えを提起することができる。

としている。
この責任追及の訴え(株主代表訴訟)が、会社法423条の取締役等の責任を追及する場合に限られるのかは、旧商法267条の時代から争点となっていたが、今回最高裁判所が、以下のとおり、所有権移転登記手続請求にも及ぶことを明らかにした。

葉玉弁護士のサイトに解説がある。

最三判平成21年03月10日 平成19(受)799 所有権移転登記手続請求事件(一部破棄差戻し,一部棄却)
裁判所ホームページ http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=37404&hanreiKbn=01

裁判要旨
Aの株主であるXが,Aの買い受けた土地について,同社の取締役であるYに所有権移転登記がされているなどと主張して,Yに対し,平成17年法律第87号による改正前の商法267条1項の規定に基づき,Aへの真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をすることを求める株主代表訴訟において,同条項にいう「取締役ノ責任」には,取締役の地位に基づいて取締役に負わせている厳格な責任のほか,取締役が会社との取引により負担した債務についての責任も含まれると判示。

昭和25年法律第167号により導入された商法267条所定の株主代表訴訟の制度は,取締役が会社に対して責任を負う場合,役員相互間の特殊な関係から会社による取締役の責任追及が行われないおそれがあるので,会社や株主の利益を保護するため,会社が取締役の責任追及の訴えを提起しないときは,株主が同訴えを提起することができることとしたものと解される。そして,会社が取締役の責任追及をけ怠するおそれがあるのは,取締役の地位に基づく責任が追及される場合に限られないこと,同法266条1項3号は,取締役が会社を代表して他の取締役に金銭を貸し付け,その弁済がされないときは,会社を代表した取締役が会社に対し連帯して責任を負う旨定めているところ,株主代表訴訟の対象が取締役の地位に基づく責任に限られるとすると,会社を代表した取締役の責任は株主代表訴訟の対象となるが,同取締役の責任よりも重いというべき貸付けを受けた取締役の取引上の債務についての責任は株主代表訴訟の対象とならないことになり,均衡を欠くこ
と,取締役は,このような会社との取引によって負担することになった債務(以下「取締役の会社に対する取引債務」という。)についても,会社に対して忠実に履行すべき義務を負うと解されることなどにかんがみると,同法267条1項にいう「取締役ノ責任」には,取締役の地位に基づく責任のほか,取締役の会社に対する取引債務についての責任も含まれると解するのが相当である。

2009.03.21

過払金返還請求権の消滅時効の起算点

過払い金返還請求についての一連の最高裁判所判決でも未解決であった消滅時効の起算点について、本年になり、三つの小法廷で同一の判断が出た。その要旨は、 継続的な金銭消費貸借取引に関する基本契約が,利息制限法所定の制限を超える利息の弁済により発生した過払金をその後に発生する新たな借入金債務に充当する旨の合意を含む場合には,上記取引により生じた過払金返還請求権の消滅時効は,特段の事情がない限り,上記取引が終了した時から進行するというものである。


最高裁判所第一小法廷平成21年1月22日 裁判所HP
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=37212&hanreiKbn=01

 過払金充当合意においては,新たな借入金債務の発生が見込まれる限り,過払金を同債務に充当することとし,借主が過払金に係る不当利得返還請求権(以下「過払金返還請求権」という。)を行使することは通常想定されていないものというべきである。したがって,一般に,過払金充当合意には,借主は基本契約に基づく新たな借入金債務の発生が見込まれなくなった時点,すなわち,基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引が終了した時点で過払金が存在していればその返還請求権を行使することとし,それまでは過払金が発生してもその都度その返還を請求することはせず,これをそのままその後に発生する新たな借入金債務への充当の用に供するという趣旨が含まれているものと解するのが相当である。そうすると,過払金充当合意を含む基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引においては,同取引継続中は過払金充当合意が法律上の障害となるというべきであり,過払金返還請求権の行使を妨げるものと解するのが相当である。
 借主は,基本契約に基づく借入れを継続する義務を負うものではないので,一方的に基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引を終了させ,その時点において存在する過払金の返還を請求することができるが,それをもって過払金発生時からその返還請求権の消滅時効が進行すると解することは,借主に対し,過払金が発生すればその返還請求権の消滅時効期間経過前に貸主との間の継続的な金銭消費貸借取引を終了させることを求めるに等しく,過払金充当合意を含む基本契約の趣旨に反することとなるから,そのように解することはできない(最高裁平成17年(受)第844号同19年4月24日第三小法廷判決・民集61巻3号1073頁,最高裁平成17年(受)第1519号同19年6月7日第一小法廷判決・裁判集民事224号479頁参照)。


最高裁判所第三小法廷平成21年3月3日判決 裁判所HP
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=37362&hanreiKbn=01

(判旨は1月22日判決と同様であり省略)

最高裁判所第二小法廷平成21年3月6日判決 裁判所HP
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=37381&hanreiKbn=01

(判旨は1月22日判決と同様であり省略)

金融庁による解説
http://www.fsa.go.jp/index.html
http://www.fsa.go.jp/policy/kashikin/20090219.html

なお、上記最高裁判所第三小法廷平成21年3月3日判決には、田原睦夫裁判官による反対意見がある。


2009.02.21

老朽した賃貸ビルの修繕義務不履行にもとづく損害賠償請求の範囲

老朽化して浸水事故等により当該ビルの賃借人がビルを利用できないという場合に,賃貸人に対する修繕義務の履行請求がどの程度まで認められるのかについて,最二判平成21年1月19日 裁判所HP 平成19年(受)第102号は,次のように判示して営業損害の全ては損害賠償の対象ではないことを明らかにした。
「賃貸借契約に基づきY1(中小企業等協同組合法により設立された協同組合)から建物の引渡しを受けてカラオケ店を営業していたXが,浸水事故により同建物で営業することができなかったことによる営業利益喪失の損害を受けたなどと主張して,Y1に対して債務不履行又は瑕疵担保責任に基づく損害賠償を求めるとともに,Y1の代表者として同建物の管理に当たっていたY2に対して民法709条又は中小企業等協同組合法38条の2第2項(平成17年法律第87号による改正前のもの。以下同じ。)に基づく損害賠償を求める本訴請求に対し,Y1が,賃貸借契約は解除により終了したなどと主張して,Xに対して同建物の明渡し等を求める反訴請求がなされた事案において,
「老朽化して大規模な改修を必要としていた本件ビルにおいて,Y1が修繕義務を履行したとしても,Xが賃貸借契約をそのまま長期にわたって継続し得たとは必ずしも考え難い。また,本件事故から約1年7か月を経過して本訴が提起された時点では,店舗部分における営業の再開は,いつ実現できるか分からない実現可能性の乏しいものとなっていたと解される。
他方,Xが本件店舗部分で行っていたカラオケ店の営業は,本件店舗部分以外の場所では行うことができないものとは考えられないし,Xは,平成9年5月27日に,本件事故によるカラオケセット等の損傷に対し,合計3711万6646円の保険金の支払を受けているというのであるから,これによって,Xは,再びカラオケット等を整備するのに必要な資金の少なくとも相当部分を取得したものと解される。そうすると,遅くとも,本件本訴が提起された時点においては,Xがカラオケ店の営業を別の場所で再開する等の損害を回避又は減少させる措置を何ら執ることなく,本件店舗部分における営業利益相当の損害が発生するにまかせて,その損害のすべてについての賠償をY1らに請求することは,条理上認められないというべきである。」として,店舗の賃借人が賃貸人の修繕義務の不履行により被った営業利益相当の損害について,賃借人が損害を回避又は減少させる措置を執ることができたと解される時期以降は被った損害のすべてが民法416条1項にいう通常生ずべき損害に当たるということはできない。」
なお,上記の時期までの認められるべき損害の額については,さらに審理を尽くさせるため,事件は高等裁判所に差し戻された。
なお,本件では,賃借人(X)がカラオケセット等については損害保険に加入しており,保険金の支払により営業再開が可能であることが,損害額限定の理由のひとつになっており,賃貸事業において賃貸人としては,賃借人所有物件に損害保険をかけてもらう内容の契約をしておくことが有用であることも示している。

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