005 賃貸借

2020.04.26

新現代の借地・借家法務 第12回 原状回復と民法改正

前回に引き続き、建物賃貸借終了時の原状回復について、今回は本年4月に施行された改正民法との関係をお話しします。

 

民法改正と賃貸借

 

今回の民法改正は、取引関係の基礎である契約関係の規定を中心になされました。社会経済の変化に対応するため、確立された判例やルールを条文化したり、国民一般にとってのわかり安さの向上をはかるなどを行ったものです。賃貸借で関係の深いのは、保証に関連する部分や賃借物件が使用収益できない場合の賃料の減額など多数ありますが、原状回復の範囲についてお話したいと思います。

 

民法改正と原状回復の範囲

 

改正前民法には、建物明渡時の原状回復の範囲についての規定はなく、前回ご説明しましたとおり、判例や国土交通省のガイドライン、東京都の条例、ガイドラインなどを参考に考えてきていました。改正民法では、まず、原状回復の範囲について、賃借人は、賃借物に生じた損傷がある場合は、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負うとの規定がおかれました。なお、ここに損傷のうち、通常の使用収益によって生じた損耗及び経年変化を除くものと明示されています。この規定は、いわゆる任意規定とされ、この規定と異なる合意を当事者間ですることができるものとされています。この点、従前から国土交通省のガイドラインや東京都の条例やガイドラインが存在しており、内容はほぼ同じです。では、変更ないのかというと、ルールが明文されたことで、これに反する合意がされ、通常の使用収益によって生じた損傷や経年変化も賃借人の負担とする合意をした場合、賃借人が個人の場合には、消費者契約法上、無効となる場合が出てくることになります。
消費者契約法10条は、事業者と消費者の契約について、法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、信義誠実の原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とするものとしています。賃貸経営をされている方は事業者といえ、また個人で住宅を借りている賃借人は消費者にあたりますので、原状回復の規定が民法の規定に入ることによって、これよりも賃借人の義務を重くする原状回復条項は、もし、信義誠実の原則に反して賃借人の利益を害するときは、無効とされることになります。この点、国土交通省のガイドラインや東京都のガイドラインに従っている場合には、信義誠実の原則に反すると言われる可能性は低いと思われます。

 

17年判決との関係

 

では、前回ご説明した、最高裁判所平成17年12月16日判決で、一定の条件の下、通常損耗を賃借人負担とする合意を有効としていたこととの関係はどうなりますでしょうか。同判決は、「建物の賃借人に通常損耗についての原状回復義務を負わせるには、少なくとも賃借人が補修費用を負担することとなる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約(以下「通常損耗補修特約」という。)が明確に合意されていることが必要である。」としており、通常損耗補修特約が明確に合意されていることを条件としていました。私は、この判決のいう「具体的明記」が、信義誠実の原則に反しないとされるためのポイントになるのではと考えます。抽象的な記載しかなく、いざ明渡し時に賃借人の負担であると言われるのでは不意打ちになり、これでは当事者間の信義誠実の原則に合致しているとは言いがたいと思われます。ただ、信義誠実の原則自体も広い概念ですので、今後の裁判例に注意する必要があります。

 

まとめ・実務的な対応方法

 

この他、改正民法は、敷金について、いかなる名目によるかを問わず、賃料その他の賃借人の賃貸人に対する金銭債務の給付を目的とする債務を担保する目的で賃借人が賃貸人に交付する金銭を言うものとし、賃貸人は、敷金を受け取っている場合において、賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならないとしていることも注意を要します。もっとも、いずれも従前の実務と大きくは変わりません。
以上、改正民法の原状回復に関連する規定を紹介しました。
一年にわたり、賃貸借をめぐる判例を中心に解説して参りましたがいかがでしたでしょうか。皆様の賃貸経営実務の中で、すこしでも参考になれば幸いです。

 

追記 この文章は、平成29年に原案を書いたものでしたので、すでに改正民法が施行されていることから、直しました。
また、この間、事業者賃借人の依頼で明渡対応をした際に賃貸人側代理人(弁護士)から、ガイドラインや平成17年判決は、住居系のみとの意見をいただいたことがありました。改正前民法下でもその考え方は誤っていると思いますが、改正民法で、原状回復の範囲が明示されましたので、住居系・事業系問わず、通常損耗や経年劣化部分は原状回復の範囲外であることが明らかとなり、上記のような意見の余地はなくなったと考えています。


新現代の借地・借家法務 第11回 原状回復

今回と次回は、建物賃貸借終了時にとりわけ敷金をめぐり問題となる原状回復について、お話したいと思います。

原状回復における通常損耗負担特約の有効性

従前から、賃貸借契約終了時の原状回復については、主に敷金返還請求との関係で、争いが生じており、国土交通省では平成10年に「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を定め(平成16年と平成23年に改訂)、東京都などでも平成16年には、賃貸住宅紛争防止条例と「賃貸住宅トラブル防止ガイドライン」を定め、通常損耗については、その原状回復費用を賃貸人負担とすることを明らかにしてきました。また、最高裁判所平成17年12月16日判決(以下「17年判決」と言います。)は、「建物の賃借人に通常損耗についての原状回復義務を負わせるには、少なくとも賃借人が補修費用を負担することとなる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約(以下「通常損耗補修特約」という。)が明確に合意されていることが必要である。」としています。17年判決は、原状回復に関する通常損耗特約そのものを無効とするのではなく、特約が明確に合意されていることが必要としたものです。そこで、以下では、ハウスクリーニングを賃借人負担とする特約(以下「ハウスクリーニング特約」といいます。)を例にとり、これを有効とした判決と無効とした判決をみてみましょう。

ハウスクリーニング特約有効事例 

東京地裁平成21年9月18日判決は、賃貸借契約書の「賃借人が、契約終了時にハウスクリーニング費用2万5000円(消費税別)を賃貸人に支払う旨の記載」や「説明書」に「ハウスクリーニング費用として2万5000円(消費税別)を賃借人が支払うことが説明されていること」を指摘し、また、契約締結の仲介人の事前の口頭説明を認め、かつ、「ハウスクリーニング」という文言は、一般に、専門業者による住宅の清掃作業を意味するということを認定して、「本件契約書等の記載によれば、ハウスクリーニングの内容として、個別具体的な清掃内容までの特定がないとしても、本件貸室を対象として、料金約2万5000円程度の専門業者による清掃を行うことが明らかであるということができる。」「そうであれば、本件賃貸借契約においては、契約終了時に、本件貸室の汚損の有無及び程度を問わず、控訴人が専門業者による清掃を実施し、被控訴人は、その費用として2万5000円(消費税別)を負担する旨の特約が明確に合意されているものということができ、本件賃貸借契約において清掃費用負担特約の合意が成立しているというべきである。」としています。

ハウスクリーニング特約無効事例

これに対して、東京地裁平成25年7月18日判決は、次のようにハウスクリーニング特約を無効としました。特約事項について「退室時の貸主指定の専門業者によるハウスクリーニング代は借主が負担するものとする。(冷暖房等の設備も含む)」と記載があり、説明書には,契約書同様の記載と「本契約では,借主の負担は原則どおりです。すなわち,経年変化及び通常の使用による住宅の損耗等の復旧については,借主はその費用を負担しませんが,退去の時,借主の故意・過失や通常の使用方法に反する使用など,借主の責めに帰すべき事由による住宅の損耗等があれば,その復旧費用を負担することになります。」との記載があることを認めた上で、「負担すべきハウスクリーニングや原状回復の範囲等について包括的に定めるにとどまり,その範囲が具体的に明らかにされておらず,これが通常損耗を含む趣旨であることが一義的に明白であるとはいえず,賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が具体的に明記されているとはいえない。」等として、「通常損耗補修特約が具体的に明記されているものとは認められない」としました。その結果、敷金からハウスクリーニング代を差し引くことを否定しました。

まとめ・実務的な対応方法

以上、原状回復をめぐる最高裁判決を紹介し、ハウスクリーニング特約の有効、無効の二つの判決をご紹介しました。有効例は、ハウスクリーニング代について金額を特定していたことが大きな特徴です。無効例では、包括的な記述しかなく、賃借人にとり、予めどの程度になるのか不明な契約をしたことになりました。実務的にも、賃借人が負担する原状回復の項目と費用をできるだけ具体化することにより、平成17年判決の立場にも合致することになります。今後の賃貸借契約締結時に是非参考にしていただきたいと思います。次回は、消費者契約法との関係や改正民法との関係にふれたいと思います。

補追

原状回復については、紙幅の関係で原稿執筆当時は未施行だった令和2年4月1日の改正民法にふれていませんでした。民法は、新たに原状回復の範囲に関する次の規定をおきました。すなわち

(賃借人の原状回復義務)

第621条 賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
としました。この括弧書内、「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化」が原状回復の範囲から明示的に除かれたことは、判例の立場を明示するとともに、賃貸「住宅」に限らず、広く賃貸借一般の原状回復ルールが明示されたことになりますので、注意を要します。
改正民法と原状回復との関係は、第12回で詳しく述べます。

 

2020.04.25

新現代の借地・借家法務 第10回 更新料

前回は、建物賃貸借の予約にまつわる裁判例をご紹介しました。今回は、普通建物賃貸借での期間満了時の更新に絡んで生じる更新料について、最高裁判所の判例を紹介しながらお話したいと思います。

 

更新料合意のある場合

 

多くの普通建物賃貸借契約書ひな形などでは、契約期間終了時の更新について、更新料の授受についてとりきめていると思います。従来から、地方裁判所や高等裁判所は、更新料合意のある場合については、これを原則として有効としてきたと思います。原則としてというのは、あまりに高額で暴利行為といえるような更新料については、公序良俗に反し、無効と考えられるからです。この点、居住を目的とする建物賃貸借の場合、賃貸人が事業者、賃借人が消費者ととらえられることから、消費者契約法の適用があり、同法10条の適用可否が問題になります。同法10条は、「民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。」としています。
では、更新料合意一般がその額にかかわらず、消費者契約法10条に反して、無効といえるのでしょうか。
最高裁判所平成23年7月15日判決は、次のように述べてこれを否定しています。すなわち、「一定の地域において、期間満了の際、賃借人が賃貸人に対し更新料の支払をする例が少なからず存することは公知であることや、従前の和解手続等においても、これを公序良俗に反するなどとして、当然に無効とする取扱いがなされてこなかったことからすると、更新料条項が賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載され、当事者間で更新料の支払に関する明確な合意が成立している場合に、当事者間に更新料条項に関する情報の質及び量並びに交渉力についての看過し得ないほどの格差が存するとみることもできない。」としました。そして、「本件賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料条項は、更新料の額が、賃料の額、更新される賃貸借の期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り、消費者契約法第10条にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則(信義則)に反して消費者の利益を一方的に害するもの」には当たらないと解するのが相当である。」としています。

 

法定更新の場合(更新料合意なし)

 

つぎに、更新料合意のない賃貸借契約で、法定更新がなされた場合、賃借人は、更新料請求をできるのでしょうか。この点については、借地の事案ですが、最高裁判所昭和51年10月1日判決が、つぎのように否定しています。すなわち、「法定更新に際し,賃貸人の請求があれば当然に賃貸人に対する賃借人の更新料支払義務が生ずる旨の商慣習又は事実たる慣習は存在しない」としており、合意がない限り、更新料の請求はできないことを明らかにしています。

 

法定更新の場合(更新料合意あり)

 

そこで次に、賃貸借契約書には更新規定や更新料規定がある場合で、賃貸人が更新拒絶をしたが、正当事由が不足していた場合や、漫然と更新拒絶期間を経過してしまった場合のように、合意による更新ではなく、法定更新となった場合、更新料請求ができるのかが問題になります。
この点については、直接に述べた最高裁判所の判例はなく、地方裁判所や高等裁判所の判決には、更新料請求を認めたものと、更新料請求を認めなかったものと両方があり、結論がだしにくいところです。
以下私見ですが、前掲最高裁判所平成23年判決が、更新料条項の有効性を明らかにしていること、法定更新の場合、期間の点を除き、「従前の条件と同一の条件で更新したものとみなす」(借地借家法26条)とされていることからも、更新料請求を認める余地ある場合があるとは思われます。しかし、多くの賃貸借契約では、更新料合意は、合意更新条項とともに規定していることが多く、法定更新を射程にいれていないと考えられること、法定更新の場合、事実上はその後の長期間の使用を認めることになるものの、期間の定めのない契約となり、正当事由が必要とはいえ、賃貸人から解約の意思表示が可能となるという点に着目すると、更新料合意のある賃貸借契約といえども、法定更新の場合には、更新料請求はできない場合が多いと考えられます。

 

まとめ・実務的な対応方法

 

以上、更新料合意をめぐる最高裁判決を紹介し、法定更新の場合にもふれました。賃貸人としては、更新料合意については、暴利行為との主張を誘発しないようその金額に注意するとともに明確な合意とし、また、更新時に更新合意をしていくべきと考えられます。

 

新現代の借地・借家法務 第9回 建物賃貸借の予約

新現代の借地・借家法務は、一昨年、NPO法人日本地主家主協会の機関誌「和楽」に連載しているものを お仕事&more に転載しています。
一昨年9月以降本業忙しく、9月から12月掲載分の転載が遅れていました。暇にはなっていないのですが、休載ながいのもどうかと思い、ここに転載を再開します。

 

新現代の借地・借家法務は第1回から第8回までで、賃料増減とサブリース契約解除とサブリース、定期建物賃貸借についての契約締結成立(その1)賃料不減額合意(その2)中途解約禁止(その3)終了通知(その4)再契約(その5)更新型賃貸借からの切替え(その6)について、裁判例をご紹介してきました。今回は、建物賃貸借の予約にまつわる裁判例を紹介したいと思います。

 

賃貸物件の建築をするに際し、オーナーとしては、建築前から、テナント側の出店計画があり、賃料収入予測のもと、当該計画にあった仕様の建物を建築することが多いと思われます。その為には、オーナーとしては、建築等のコストもかかることから、多くの場合、計画を立てる段階で建物賃貸借の予約をして、テナント側が逃げないようにしたいと考えるでしょう。これはテナント側も同様で、年間の事業計画を立ててのことですので、オーナーが途中とりやめされてはこまります。そこで、建物建築前段階で、オーナーとテナントの間で建物賃貸借の予約契約をすることがあります。
他方、計画途中で採算が取れないことが判明したなどの理由で、オーナー側から、計画を取りやめ、別の計画に変えたいと考える場合、逆に、テナント側としても、建物利用計画が採算が合わないことがわかり、出店などの契約をやめたいと思う場合に、建築前に締結した予約契約の拘束力がどの程度なのかが問題になります。

 

オーナー側の予約契約違反の事例

まず、オーナー側が予約契約に反して、別の利用形態とした事案として、東京地裁平成15年9月26日の事案を紹介します。この事案は、オーナーは地元の土地所有者、テナントは大手スーパーマーケットを経営との事案で、オーナーとテナントとの間で、テナントの要望で3階建建物、1階は店舗、2階駐車場、3階・屋上は事務所・店舗との計画を立てて、同計画建物賃貸借の予約をしていたところ、オーナーは、3階の事務所・店舗を2階に移し、3階・屋上に駐車場を設置する案に建物を変更して建築し、更に、テナントが変更に応じないことから、別の大手スーパーマーケットに賃貸したというものです。
この事案では、2階駐車場をとりやめて、店舗・事務所としたことについて、オーナー側に変更権が認められるのか、別の大手スーパーに賃貸したことで履行不能となるのかが争われました。裁判所は、建物賃貸借予約契約の拘束力を認め、オーナーの変更権を否定しました。そして、変更権がない以上、賃借予定のスーパーには賃貸せず、他の大手スーパーに賃貸したことにより、この建物賃貸借予約契約は、オーナーの債務不履行による履行不能であると認めて、オーナーに損害賠償を命じる判決を言い渡しました。

 

 

テナント側の出店計画とりやめ解約を認めなかった事例

ついで、テナント側が出店契約をとりやめ、解約をしてきた事案として、名古屋地方裁平成29年5月30日の判決を紹介します。この事案は、駅ビル建築計画をもっていた大手鉄道会社子会社であるオーナー会社が建築計画前にプロポーザル方式でテナント募集をした上で、大手家電量販店のテナント会社との間で、定期建物賃貸借予約契約を締結し、オーナー会社は、同テナント入居を前提に、建築に入ったものです。ところが、建築が難航し、当初の完成予定から1年程度完成が遅れ、ビル開業が遅れることが明らかとなったことから、テナント会社は、オーナー会社に、予定時期に定期建物賃貸借を締結するとの目的達成不能を理由として、予約契約解除と予約金の返還等を求めたものです。
裁判所は、①開業時期につき、予約契約が「予定」という幅のある内容であったこと、開業時期遅れについて当事者間で同テナント出店を前提とする話し合い(テナントによる営業遅延補償の要求等もありました。)が続けられていたことなどから、確定的な開業日を前提とする建物賃貸借予約は認められないものとしました。②そして、目的達成不能との主張についても、開業時期が確定していないことなどから、目的達成不能とまでは認められないとして、テナント側の解約を認めないとの判決を言い渡しました。

 

まとめ・実務的な対応方法

以上、オーナー側が建物賃貸借予約契約に反した事例とテナント側が建物賃貸借予約を解約しようとした事例の双方についてみてみました。この二つの裁判例からは、建物賃貸借予約契約について、裁判所は一定以上の拘束力を認める傾向が認められます。
相談事例でも、事業用建物を前提とする予約契約を締結したものの、事業計画の不十分さから、これを解消して、別の計画にしたいというものがありました。最終的には訴訟とはせずに和解解決しましたが、訴訟になった場合には、困難多い事案でした。事業計画に対する慎重な検討が必要であり、建物賃貸借予約についても簡単には解消できないことには注意を要します。

 

 

2020.04.05

改正民法で何が変わるか(不動産の売買・賃貸借)

住宅新報令和2年1月21日号から3月24日号まで、当事務所若手中心の執筆を連載いただきました。最終回は、ロートルの私が書きました。

ご参考になればと思います。

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2019.05.06

新現代の借地・借家法務 第8回 定期建物賃貸借の裁判例概観(その6)

定期建物賃貸借にまつわる重要判例について、契約締結前説明と定期建物賃貸借条項(その1)、賃料不減額合意(その2)、中途解約禁止(その3)、終了通知(その4)、再契約(その5)などをご紹介してきました。今回も、引き続き、定期建物賃貸に関するものをご紹介します。今回は、普通建物賃貸借の定期建物賃貸借への切替えをテーマにして裁判例を紹介します。
定期建物賃貸借は、既に説明してきたとおり、期間満了による終了や家賃減額請求を合意により排除できるなど賃貸人にとって多くのメリットがあります。そこで、従前の更新型の契約を定期建物賃貸借に切替えできないのかとのご相談を受ける場合があります。

 

平成12年2月までの居住目的旧賃貸借からの切替え まず、改正借地借家法施行以前の建物賃貸借を定期建物賃貸借に切替えることはできるのでしょうか。改正借地借家法は、制定時に附則で、借地借家法改正による定期建物賃貸借の規定の施行前にされた居住の用に供する建物の賃貸借の当事者が、その賃貸借を合意により終了させ、引き続き新たに同一の建物を目的とする賃貸借をする場合には、当分の間、定期建物賃貸借の規定を適用しないとしています(良質な賃貸住宅等の供給の促進に関する特別措置法附則第3条)。改正法の施行は平成12年3月1日ですから、同年2月末日までに締結された居住用の普通借家契約を、定期借家契約に切替えることできないことになります。借地借家法改正に伴う経過措置において、定期借家契約の意味や法的効果を十分に理解しないまま切替えに応じてしまった賃借人が不利益を受ける危険を避けるという趣旨です。

 

新法施行後の居住目的普通建物賃貸借からの切替え では、改正後の普通建物賃貸借は、定期建物賃貸借に切替えることはできるでしょうか?
この点、前回再契約に関して紹介した東京地裁平成27年2月24日判決は、第2契約を普通建物賃貸借と認定していることから(第1契約は定期建物賃貸借)、第3契約で普通建物賃貸借を定期建物賃貸借に切替えようとした事案ともみることができます。この事案では、判決は、本件契約は、普通建物賃貸借である前賃貸借契約の期間満了に伴って合意されたものであるところ、更新に際し作成された契約書が、定期建物賃貸借に使用される契約書であり、その旨の説明書が交付されたとしても、そのことのみでは、前賃貸借契約の更新契約が定期建物賃貸借に変更されるものではないとしており、普通建物賃貸借を定期建物賃貸借に切替えることを認めなかった事案とみることができます。

 

事業用賃貸借の場合 改正借地借家法制定時の附則は、先に述べたように「居居住の用に供する建物の賃貸借」を定期建物賃貸借に切替えることを禁止していますが、「事業の用に供する」場合には、切り替えを禁止していないように読めます。しかし、第7回でご紹介した平成27年2月24日判決(REITO No101・114頁)の事案は、実は賃借人は賃借物件を調剤薬局として使っていた事案であり、事業の用に供する目的での賃貸借の事案でした。この裁判例では、事業の用に供する目的での賃貸借といえども、改正借地借家法施行前後を問わず、旧賃貸借契約終了時に事前説明と定期建物賃貸借の書式での新契約書を作成しただけでは、更新型の賃貸借契約を定期建物賃貸借に切替えることはできないとしたと考えられます。

 

どのような場合に切替えができるか そこで、どのような場合に旧借地借家法下の建物賃貸借契約や新法下での普通賃貸借契約を定期建物賃貸借契約に切替えることができるのでしょうか。
まず、旧借地借家法下の建物賃貸借契約については、居住用の建物賃貸借を現時点では、定期建物賃貸借に切替えることはできないことは、前述のとおりです。
これに対し、事業用建物賃貸借(改正前後を問わず)や改正借地借家法施行後の更新型建物賃貸借(居住用事業用を問わず)の場合、一定の要件を充たせば、定期建物賃貸借に切替える余地があると考えます。
この点、前述の平成27年2月24日判決が次のように述べている点が参考になります。すなわち、「第2契約は普通建物賃貸借契約であるから,借地借家法26条,28条により、約定の賃貸借期間が満了する1年前から6か月前までの間に更新しない旨の通知をし,当該通知に正当の事由があると認められる場合でなければ賃貸借が終了することはない」とし、また、「本件契約が定期建物賃貸借として契約されるためには、賃貸人である原告が、賃借人である被告会社に対し、普通建物賃貸借として更新された第3契約を終了させ、より不利益な内容となる定期建物賃貸借契約をすることの説明をしてその旨の認識をさせた上で合意することを要するものと解すべきである」としています。
この判決からは、私見ですが、定期建物賃貸借への切替えの要件は、①1年前から6ヶ月前の間に更新拒絶の通知、②正当事由、③定期建物賃貸借が従来の更新型の契約に比べ不利益であることの説明となると考えられます。

 

まとめ・実務的な対応方法 いったん更新型契約を締結している場合、定期建物賃貸借に切替えることは、難易度が高いと考えるべきでしょう。正当事由の存否の判断は弁護士に相談すべきと考えます。

 

新現代の借地・借家法務第7回(定期建物賃貸借の裁判例概観(その5))

定期建物賃貸借にまつわる重要判例について、契約締結前説明、定期建物賃貸借条項、賃料不減額合意、中途解約禁止、終了通知などをご紹介してきました。今回も、引き続き、定期建物賃貸に関するものをご紹介します。今回は、再契約をテーマにします。
定期建物賃貸借では、再契約をする例を頻繁に見かけます。また、「再契約を妨げない」のような再契約条項を入れている場合もあります。
この再契約によっても定期建物賃貸借性は維持されるのでしょうか。更新型の賃貸借でも更新の都度契約書を締結し直す例も多く、再契約と区別つきにくいように思いわれます。では、再契約により、定期建物賃貸借でのは失われ、更新型の契約になってしまうのでしょうか。もしそうなると期間来ても正当事由が認められない限り、賃貸借は終了しないことになってしまいます。

 

再契約に関する裁判例 借地借家法は、再契約の可否について直接の規定はありません。また、今のところ(令和元年5月6日現在)最高裁判所の判例は見当たりません。
この点について、東京地方裁判所平成27年2月24日の判決(REITO No101・114頁)は、第一契約締結の際に、定期建物賃貸借の事前説明をした上で定期建物賃貸借を内容とする契約を締結したものの、賃貸人は「賃借の状況がよければ、契約を更新する」としていた事案で、契約期間終了前には、賃貸人は終了通知をしつつ、「再契約の意思があれば連絡してほしい」としたが、漫然と時間経過し、契約期間終了後3年ほど経過してから、「定期建物賃貸借契約」の再契約をした事案では、最初の契約終了から「定期建物賃貸借」の再契約をするまでの間を普通建物賃貸借とみた上で、再契約後も普通建物賃貸借とみています。

 

これに対し、東京地方裁判所平成21年7月28日判決は、定期建物賃貸借の事前説明の上、定期建物賃貸借契約を内容とする契約を締結する際に、「再契約可能である」との文言をいれた事案につき、「本件賃貸借契約を,契約の更新がない旨の合意がない状態で締結する意思を有していなかったこと」は,明らかであるとしたうえで、「本件再契約の記載と本件合意の存在とは矛盾するものではないこと」を認めて、再契約条項があっても、定期建物賃貸借性は失われないものとしています。

 

この二つの裁判例は、平成27年判決は「更新する」との文言であったのに対し、平成21年判決は「再契約」としていること、平成27年判決の事案では、賃貸借期間終了後、漫然と経過しており、定期建物賃貸借期間終了時の終了通知がない状態となっていた後に、定期建物賃貸借契約書による再契約をしていることなどが異なります。

 

これらの判決をみると、裁判所も定期建物賃貸借の再契約自体は、それによって、すべて更新型の普通建物賃貸借になるとはみていないが(平成21年判決)、再契約の手続が適切に行われていない場合には、普通建物賃貸借となるとみている(平成27年判決)ものと考えられます。なお、平成27年判決では、契約段階で「更新する」としていたことも期間満了後の契約に定期建物賃貸借性を失わせる要素の一つになったのではないかと推察しています。

 

再契約の手続 以上のとおり、裁判例を踏まえて考えると、定期建物賃貸借契約において、契約書に「再契約できる」といれるだけであり、また「再契約」をすること自体は、定期建物賃貸借性を失わせることにはならないといえます。
ただ、再契約の手続きが不十分であると、定期建物賃貸借性を失わせることになります。
定期建物賃貸借性を維持するためには、賃貸借期間終了後、漫然と経過してから再契約するのではなく、終了通知をだすべき1年前から6ヶ月前の間に、再契約の意思を確認し、契約終了前までに、再契約をするべきと考えます。また、その場合、定期建物賃貸借締結の要件である事前説明と書面による契約は、必須といえます。

 

原状回復をどうするか
なお、定期建物賃貸借を再契約した場合、再契約後の賃貸借期間終了時に生じる賃借人の原状回復の範囲について、契約時点の状態に戻すことを原状回復としてしまうと、最初の契約締結時点での原状とは異なる(最初の契約期間中に設置した什器等存在している状態となる)ことから、原状回復の範囲が問題になることが懸念されます。そこで、再契約前に、当初の定期建物賃貸借契約締結にもとづく原状回復すべき部分の範囲を確認し、その義務が再契約後も存続することが確認できるよう合意に工夫する必要があります。

 

まとめ・実務的な対応方法
定期建物賃貸借を選ぶ賃貸人としては、一定期間終了後かならず出て欲しいという考えと、しかし、出たあと空き室になっては困るという懸念と双方をお持ちと思います。「再契約」によって、一見、後者の懸念を回避できるように思いますが、契約文言の選択は慎重にすべきであり、また、再契約の手続きに疑念ないようにしておく必要があります。契約文言が不十分であったり手続きが不足していた場合には、契約書上「定期建物賃貸借」とされていても、普通建物賃貸借とされてしまう可能性が高いことは、忘れないようにしていただきたいと思います。

 

2018.11.05

新現代の借地・借家法務( 第6回 定期建物賃貸借の裁判例概観 その4)


定期建物賃貸借にまつわる重要判例について、今回は、終了通知に関する判例を紹介したいと思います。
 
終了通知に関する規定
借地借家法は、契約期間の終了により、賃貸借が終了して、賃借人に対して、賃貸物件の返還を無条件で求めることのできる「定期建物賃貸借」の制度を設けています。平成12年3月1日から施行されていますので、そろそろ施行20年が近づいています。さて、定期建物賃貸借において、約束どおり、期間満了で終了するためには、一定の手続きを要します。それが、「終了通知」となります。法律は、次のように規定しています。「建物の賃貸人は、期間の満了の一年前から六月前までの間(以下この項において「通知期間」という。)に建物の賃借人に対し期間の満了により建物の賃貸借が終了する旨の通知をしなければ、その終了を建物の賃借人に対抗することができない。ただし、建物の賃貸人が通知期間の経過後建物の賃借人に対しその旨の通知をした場合においては、その通知の日から六月を経過した後は、この限りでない。」
定期建物賃貸借を締結した以上、契約期間満了で賃借人に明渡していただかないとその意味はありません。しかし、そのためには、契約終了前、1年から6ヶ月までの間に「定期建物賃貸借ですので、契約とおり、●年●月●日に終了します。」との通知をしておく必要があるということになります。

終了通知をしない場合にどうなるか
そこで、終了通知を失念した場合に、契約期間終了後の賃貸人と賃借人との関係はどうなるでしょうか。条文は、「対抗できない」とあります。また、「通知期間(終了半年前まで)の経過後に」通知(期限後通知)をした場合は「通知の日から六ヶ月を経過した後」は、対抗できるものとしています。しかし、借地借家法の条文には、漫然と賃貸借期間経過してしまい、期限後通知もしていなかった場合の関係について明示していません。
そのため、定期建物賃貸借契約終了後に、賃借人は建物の使用収益を継続し、従前と同様の賃料を支払っているのだから、新たな賃貸借契約が成立しているといえないのかが問題となります。
この点、東京地裁平成20年12月24日判決は、平成20年6月9日までを賃貸借期間とする定期建物賃貸借において(通知期間は、平成19年12月9日まで)、終了通知が、期間後の平成20年6月12日に到達したという事案につき、同日から6ヶ月経過後の平成20年12月12日に当該定期建物賃貸借が終了すると判断し、明渡を認めています。
また、東京地裁平成21年3月19日判決も、借地借家法38条4項の終了通知を賃貸人が期間満了までに行わなかった場合、定期建物賃貸借契約は期間満了によって確定的に終了するが、賃借人に終了通知がされてから6か月後までは、賃貸人は賃借人に対して定期建物賃貸借契約の終了を対抗することができないため、賃借人は明渡しを猶予されると解するのが相当であるとしたうえで、終了通知から6か月が経過した後の契約終了と明渡しを認めています。なお、この判決は、契約期間終了後、賃貸人が、長期間放置している場合のように、賃借人の地位が不安定になる場合について、「黙示的に新たな普通建物賃貸借契約が締結されたものと解し,あるいは法の潜脱の趣旨が明らかな場合には,一般条項を適用するなどの方法で,統一的に対応するのが相当というべきである。」として、終了通知を何時しても良いとはしていない点も注目されます。

まとめ・実務的な対応方法
以上の裁判例を踏まえて考えると、定期建物賃貸借契約において、期間満了後に終了通知をした場合は、短期間の遅れの場合には、終了通知から6ヶ月後の契約終了が認められるものの、漫然と長期間放置し、その間、賃借人が建物の使用収益を継続し、従前と同様の賃料を支払っている場合には、新たな賃貸借契約が成立しているとされる可能性があるということになります。
建物を定期建物賃貸借契約で賃貸する場合、契約終了で明け渡して欲しいと考えてのことと思います。しかし、終了通知の時期を誤ってしまうと、係争となり、あまりに長期間漫然と賃借人に使用収益させ、また、家賃収受していた場合には、せっかくの定期建物賃貸借であったのに、普通建物賃貸借とされる余地があるということになります(今のところずばり普通建物賃貸借として明渡を否定した裁判例はないと思いますが)。
建物オーナーの方々は、借地借家法の原則を守り、1年前から6ヶ月前までの終了通知を厳守していただくことが、もっとも安全であろうと存じます。万が一にも、終了通知期間を経過している事案や、契約期間終了してしまっている事案については、早急に弁護士にご相談いただくことがベターです。


新現代の借地・借家法務( 第5回 定期建物賃貸借の裁判例概観 その3)

定期建物賃貸借にまつわる重要判例、今回は、中途解約禁止合意に関する判例を紹介したいと思います。
 
借地借家法の中途解約に関する規定 賃貸借契約において、賃借人からの中途解約を禁止または制限する例は頻繁にみられるところです。賃貸人からすると、中途解約による空き室の発生は、賃貸経営で生じるリスクとしてはインパクトもあり、銀行借り入れをして家賃で返済している場合には、返済に影響がでてくる事態でもあります。できるだけ回避したいと考える方が多いと思います。しかしながら、借地借家法38条5項は、次のように、小規模な住宅の提起建物賃貸借契約においては、賃借人からの中途解約を制限する合意には規制をし、賃借人にやむを得ない事情がある場合に賃借人から中途解約の申入れをすることができ、中途解約の申し入れかの日から、1ヶ月の経過で、その定期建物賃貸借は終了するものとしています。
「第一項の規定による居住の用に供する建物の賃貸借(床面積(建物の一部分を賃貸借の目的とする場合にあっては、当該一部分の床面積)が二百平方メートル未満の建物に係るものに限る。)において、転勤、療養、親族の介護その他のやむを得ない事情により、建物の賃借人が建物を自己の生活の本拠として使用することが困難となったときは、建物の賃借人は、建物の賃貸借の解約の申入れをすることができる。この場合においては、建物の賃貸借は、解約の申入れの日から一月を経過することによって終了する。」
そして、同条6項は、この規定に反する特約で、賃借人に不利な内容、たとえば、中途解約は一切許さないとか、中途解約申入れから6ヶ月後に賃貸借が終了する等の特約は、無効としています。
 すなわち、「前二項の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは、無効とする。」としています。
中途解約に関する判例  中途解約に関しては、次の東京地方裁判所平成20年9月25日判決が参考になります。この判決の事案では、賃貸人(原告・法人)と賃借人(被告・個人)では、賃貸人の17㎡のワンルームマンションについて、賃借人居住の目的で、2年間の定期建物賃貸借を締結しましたが、契約書には、「中途解約の場合、契約期間の残金を支払った場合に限り,解約できる。契約期間残金を支払わない場合中途解約は事由の如何を問わず一切主張できない。」との規定がありました。
賃借人は、契約直後から、賃料の延滞があったようであり、賃貸人は催促を重ねましたが、支払いはなく、契約後2ヶ月ほど経過してから、賃借人から「本件物件は既に退去した,賃料等は支払えない」との連絡がありました。そこで、賃貸人は、賃借人に対し、経過期間の未払い賃料と契約終了までの賃料のトータル2年分の賃料の請求をしました。
しかしながら、裁判所は、「退去した」との通知から1ヶ月分までの家賃については認めましたが、その後の家賃については、次のように述べて否定しました。「賃借人である被告において中途解約ができない旨の規定や契約期間の残金を支払った場合に限り中途解約ができ,契約期間残金を支払わない場合の中途解約は事由の如何を問わず一切主張できない旨の規定が置かれているところ,これらは,いずれも借地借家法38条5項の規定に反する建物の賃借人に不利なものであるから,無効といわなければならない。」
 「原告は,これらの規定を無効とすることは契約自由の原則等に反する旨を主張するが,借地借家法38条6項によれば同条5項はいわゆる片面的強行規定であると解され,原告の主張は理由がない。」
まとめ・実務的な対応方法 200㎡未満の住宅について定期建物賃貸借契約に賃借金からの中途解約に関する条項をいれる場合、借地借家法38条5項に沿った、「転勤、療養、親族の介護その他のやむを得ない事情により、建物の賃借人が建物を自己の生活の本拠として使用することが困難となったとき」に中途解約でいるものとし、解約申入れから1年で終了するとの合意内容としておくことが必要です。
中途解約条項についても、普通建物賃貸借では、これを禁止する条項が入っていることが多いことから、いままで使っていた普通建物賃貸借契約ひな形を定期建物賃貸借になおして使うような場合には注意が必要です。
なお、以上の規制は、200㎡未満の居住を目的とする定期建物賃貸借に限定されますので、200㎡以上の定期建物賃貸借であれば、居住を目的としていても、該当しません。また、事業用の賃貸借については、その面積の広狭を問わず適用がありません。その場合でも、解約後期間の賃料等の支払いを解約の条件とした場合に、損害額として相当か、また、賃借人が個人の場合に消費者契約法9条1号の「平均的な損害の額を超えるもの」として超過部分が無効とならないかなどの検討は別途必要です。

 

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2018.11.04

新現代の借地・借家法務 (第4回 定期建物賃貸借の裁判例概観 その2)

定期建物賃貸借にまつわる重要判例、前回は、定期建物賃貸借契約締結前説明に関するもの、定期建物賃貸借条項に関するものをご紹介しました。これに引き続き、今回は、賃料不減額合意に関する判例を紹介したいと思います。
 
借地借家法32条は、賃料の増減請求について規定をしており、賃料が租税その他の負担の増減、土地・建物の価格の上昇または低下、その他の経済事情の変動や近傍同種建物の借賃に比較して不相当の場合に、当事者が増減請求できるものとしており(同条1項)、賃料を増額しない特約は有効ですが、減額しない特約をしても、上記の各変動要素が認められる場合には、減額が認められる結果となってしまいます。新規にアパートなどの賃貸用物件を建築する際に、銀行から融資を受けている場合を考えると、賃料額が減額されたのでは、支払いが困難になってしまいます。これに対し、定期建物賃貸借契約の場合には、賃料改定に関する特約がある場合には借地借家法32条の規定を適用しないものとしており(同法38条7項)、減額しない合意や、スライド増額する合意なども可能となっています。
どのような合意をすれば良いか
  そこで、定期建物賃貸借契約を締結したうえ、賃料減額請求をふせぎたいと考えた場合に、どのような合意をすれば、よいのかが問題となります。
この点、定期建物賃貸借契約を締結し、「賃料の改定は行わないこととし、借地借家法32条の適用はないものとする」との条項を定めたにも関わらず「協議のうえ、●年●月●日に賃料を改定することができる」と相矛盾する定めをした特約があった場合、このように協議により賃料を改定することができるとの特約は、「賃料の改定は行わないこととし、借地借家法32条の適用はない」との定めを排除する趣旨と解するのが相当として、同法38条7項によることはできず、同法32条の適用があるとした例があることが注目されます(東京地方裁判所平成21年6月1日)。
この判決では、「定期建物賃貸借は、平成11年の借地借家法改正において、建物賃貸借における私的自治ないし契約自由の原則尊重という基本的立場から、一定の要件の下に期間の満了により終了する(契約の更新のない)類型 の建物賃貸借として導入された制度である。そして、法38条7項は、上記の基本的立場に立脚して導入された定期建物賃貸借における家賃の改定に関しても、当事者の合意を優先させることにより家賃の改定をめぐる紛争ないしこれに伴う訴訟を回避することを可能とする趣旨で設けられたものであるところ、その趣旨に かんがみれば、借賃改定特約は、家賃額を客観的かつ一義的に決定する合意であって、経済事情の変動等に 即応した家賃改定の実現を目的とした借賃増減額請求権の排除を是認し得るだけの明確さを備えたものでなければならないと解するのが相当である。」としています。
そして、同項に該当する合意の例として、「『賃貸借期間中家賃の改定を行わない』旨の不改定特約、『一定の期間経過ごとに一定の割合で家賃を増額あるいは減額する』旨ないし『一定の期間経過ごとに特定の指標(例えば、消費者物価指数)の変動率に従って家賃を改定する』旨の自動改定特約」について、「借賃改定特約に該当する」としています。
これに対し、協議改定条項については、「家賃額の決定に関する外形的方法を定めるにすぎず、改定後の家賃額を客観的かつ一義的に決定するものとはいえないから、上記のような法38条7項の趣旨に照らし、借賃改定特約には該当しない」としています。そして、不改定条項と協議改定条項が両方入っている事案について、不明確さを欠くことから、不改定条項につき効力を否定しています。
なお、「単なる『法32条の適用はない』ないし『法32条の適用を排除する』旨の合意のみでは借地借家法38条7項の「借賃改定特約に該当するものでない」と明示していることにも着目すべきです。
まとめ・実務的な対応方法
まず、借地借家法38条の定期建物賃貸借成立要件(前回お話した事前説明と書面による契約)が必要です。
そして、不改定特約や自動改定特約が「借賃改定特約に該当する」としていますので、これにより、賃料減額請求を排除することができます。但し、協議改定条項をいれてしまうと、賃料減額請求を排除できなくなりますので注意を要します。市販の契約書用紙などには協議改定条項がはいっていますので、これに特約として定期建物賃貸借条項や借賃改定特約をいれても、賃料減額請求を排除できないので注意を要します。
契約書については管理依頼先に任せていることが多いと思いますが、契約締結時までに十分にチェックいただくようお勧めします。

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